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紫がたり 令和源氏物語 第三十三話 若紫(七)

 若紫(七)

さてこの十月に帝は朱雀院に行幸(みゆき)されるということを決定されました。
ついては盛大に催しをなさる意向で、殿上人の中でも管弦を得意とするもの、優れた舞手を厳選されました。
もちろん帝の愛児であり、殿上人の中でも特に優れている源氏の君はその筆頭として挙げられたので、日々なにかと忙しく、例の尼君に消息(ご機嫌伺いの手紙のこと)なども出せずに過ごしておりました。
するとどうやら尼君は身罷られたと風の噂に聞きました。
源氏はあの幼い姫がどうなってしまったかと気になって仕方がありません。
六条の貴婦人の処へ向かうつもりで邸を出たものの、あの按察大納言(あぜちのだいなごん)の邸を通りかかると、以前にも増した荒れぶりに言葉を失いました。
「今晩はなにやら風も強く、このような邸ではさぞかし心細かろう」
源氏は姫君を見舞うことにしようと決めました。

姫の乳母(めのと)の少納言の君が源氏を迎え入れ、尼君の最期を涙ながらに語るので、源氏も悲しくなり、俯きました。さらに姫がものも食べられずにふさぎ込んでいることを聞くと、自分が幼い頃に祖母を失ったことを思い出しました。
心細くて、もう祖母と会えないことがただ悲しくて、同じように沈んでいたものです。
姫が不憫で涙ぐむ源氏の姿を見て、少納言の君はこのような優しい方が姫の後ろ盾になってくれればどれほどありがたいかと願わずにはいられません。
姫は直衣を着た貴公子が訪れたと女童から聞き、てっきり父宮かと勘違いをして急いでやって来ました。
「少納言、お父様なの?」
そんな幼い有様を源氏の君に見せるのも恥ずかしく、目を伏せる少納言の君でしたが、源氏は一向に気にせず、むしろ愛らしいと微笑んでいます。
「お父様ではありませんが、あなたが私を頼りにしてくれればうれしいですよ」
その美しく凛とした姿に姫は顔を赤らめました。
いろいろと話しているうちに風は止むどころではなく、ますます勢いを増しているようです。
ついには霰(あられ)が降ってきて、ぱらぱらと表を叩いています。
「これでは心細いでしょう。私が宿直(とのい)として寝ずの番をいたしますから、蔀戸を下ろして、女房と女童たちはこの部屋に集まりなさい」
このように気味の悪い夜に源氏の君の申し出は正直ありがたいことでしたが、女房達は困惑せざるをえません。
「けしからん振る舞いなど致しませんからご安心を」
そう言って魅力的に笑うので、気恥ずかしくなるばかりです。
源氏は姫を引き寄せて
「ゆっくりおやすみなさい」
そう優しく頭を撫でました。
父宮よりもずっと若くて美しい立派な貴公子です。
この方はどうしてこんなに親切にしてくださるのかしら?
父君以外の男性を知らぬ少女でしたが、不思議と恐ろしいとは感じられないのでした。


天候が穏やかになった夜半、源氏は大納言の邸を後にしました。
二条邸へ戻る車の中で幼い姫の可憐さを思い返し、執着が増すのに戸惑いを感じながら、どうにも面影を追い払うことができないのです。
父宮の元に行かれればそうやすやすと会うことは出来なくなるでしょう。
かといって姫を盗むようなことをすれば、後々露見した時に体裁が悪く、どうしたものかと頭を悩ませているのでした。

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