見出し画像

紫がたり 令和源氏物語 第二百十五話 玉鬘(八)

 玉鬘(八)
 
豊後介一行は姫君と共に初瀬の観音さまに詣でる為に目立たぬよう徒歩にて旅立ちました。
 
“初瀬の観音さま”というのは京から十八里(約70km)ほどの奈良の初瀬山にある長谷寺へ詣でることで、日本でも有数の観音霊場と言われています。
ご本尊の十一面観音の御利益が素晴らしいということで人気のあるお寺でしたが、山の中腹にあるのでその道は険しく、人々は大変な思いをしながら観音さまの元へ通ったのです。
姫君は邸奥にてかしずかれていた身でしたので、長く歩き続けるということに慣れてはいません。壺装束と言われる短い着物に草鞋を履き、顔が見えないよう紗を下げた笠を目深に被り、足の裏にできたまめをつぶしながらただ救っていただきたいという願いを支えとしてひたすら歩き続けました。
 
一行は姫を庇いながら十日ほどでようやく長谷寺のふもとに辿り着いたのです。
宿を求めて一行が部屋で落ち着いていると、どうやらこの部屋には先約があったようで、宿主がこれみよがしに使用人に苦言を呈しています。
陽は暮れて、そうとはいえすでに招き入れた客を追い出すわけにはいかず、予約しておられた一行と相部屋ということになりました。
二組の間には空間を分ける幕が引きめぐらされています。
その隙間からうかがうと、後から来た一行はお忍びのようでしたが、身なりも立派でどうやら身分の高い人のようです。
お付きの下男もすっきりと身だしなみがよく、上等な着物を着ているのです。
この後から来た人たちというのは六条院から休みをもらった右近の君の一行なのでした。
あの夕顔の忘れ形見の姫君を探し求めていた右近が奇しくも幕一枚を隔ててそこにいるのです。
これを御仏の導きと言わずしてなんとするでしょう。
右近はちらとお隣の様子を垣間見ると、どうやら姫君を伴っての一行のようでした。
「折敷(おしき)などから召し上がっていただくよう、姫君に」
そう奥に食べ物を差し入れるその男(豊後介)の横顔をどこか遠い昔に見たように首を傾げる右近の君です。
ふと覗いたこちらの女の顔も見たことがあるような、何しろその者たちと別れたのは二十年近く前の話なのです。
胸がざわざわと騒いで、右近の君は三條と呼ばれた女房をこちらに呼び寄せました。
三條の君はこちらには知り合いなど居ないのに不思議なこと、と呼ばれるままに隣の幕内に入ると、見たことがあるような女人がいます。
「あなた、私を覚えていない?右近ですよ」
「本当に右近の君なの?あの昔いなくなった?御方さまはご一緒なの?」
三條は驚きましたが、すぐにかつての女主人のことが思い浮かばれました。
右近は辛く思いましたが、もしや姫君がいるのではと思うと気が気ではありません。
「残念ながら御方さまはとうの昔に亡くなられてしまったのよ。それより姫はそこにおられるのですか?」
「ええ、もちろんですとも」
三條の君は目に涙をいっぱいためて何度も頷くのでした。

次のお話はこちら・・・


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集