紫がたり 令和源氏物語 第四百四話 夕霧(七)
夕霧(七)
宮は想像した通りにゆかしく儚げな美女であったよ。
何故柏木はあの人を愛さなかったのであろうか。
あの茫洋とした女三の宮よりも賢く慎み深い淑女ではないか。
などと、夕霧は宮への想いを噛みしめながら六条院へと向かいました。
まさに山の露で装束は重くなったのですが、今までこうした朝帰りなど経験したことのない夕霧にはそれもまた愉快な状況のようです。
三条邸へ戻らなかったのは未だこの非日常の余韻に浸っていたいからで、雲居雁にやかましく責められるのは目に見えていたからでしょう。
そんなわけあり顔の夕霧の忍び歩きを女房たちは珍しいことと噂しあっております。
夕霧にはわからぬでしょうが、こうしたところから噂というものは漏れ出てゆくのです。
夕霧はいまだ夢見心地でさっそく宮へ手紙をしたためました。
まるで後朝の文らしく、宮を想って優しい言葉を書き連ねるのも気分が高揚して楽しく、宮も自分のことを考えてくれているだろうか、この手紙にはどのような返事をくださるのか、と久しく感じていなかった胸のときめきを覚えるのです。
魂をつれなき袖に留めおきて
わが心から惑はるるかな
(どうやら私の魂はつれないあなたの袖に残してきたようです。わが心ながらあなたを恋い慕う気持ちが抑えられずにどうしてよいかわかりません)
女二の宮は夕霧から来た手紙を見ようともなさいません。
夕霧の仕打ちは宮には自身の油断から招いた羞恥としか感じられず、母君がこのことを知ったらどうすればよいのかと情けなく、暗く沈んでおられるのです。
後から人伝に夕霧のことを聞かれれば衝撃を受けられるだろうと母君が慮られ、かといって自ら申し上げるにも変な具合で、女房の一人にうまく伝えてもらうのが母君の心労にはなるまいと考えるのです。それにしてもまったく思いもよらない困ったことになったものだと夕霧を恨めしく、臥してしまわれました。
宮のご心痛に女房たちは、
「何もありませんでしたのにそれをわざわざ御息所さまにお伝えするのも如何なものでしょうか。それよりも大将にお返事を差し上げないのはまた大人げないと言われますわ」
そうしてご丁寧に手紙を広げてみせるもので、さすがの宮も不快を露わになさいました。
「わたくしはあの大将の無遠慮な振る舞いを赦すことはできません。これほどの侮辱を受けたのは生まれて初めてです。このお文は拝見できないと御返事なさい」
女心というものは一度踏みにじられるとそうそう赦してもらえるものではないもので、夕霧の夢見るような期待というのはまったく心得違いも甚だしいということになりましょうか。
そもそも圧して無理をされたのは賢い選択ではなかったようです。
宮の御心は固く閉ざされてしまったのでしょう。
それを知らぬ夕霧は陽が高くなっても届かぬ返事にやきもきと業を煮やし、宮のつれないあしらいを恨む追い手紙をしたためたのでした。
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