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紫がたり 令和源氏物語 第三百五十三話 若菜・下(十九)

 若菜・下(十九)
 
その日の明け方、紫の上は急に胸が苦しくなり、呼吸をするのも難儀な状態に陥りました。
側に控える女房たちは何事かと訝しみ、上が苦しむ姿を見て驚きました。
「御方さま、どうなさいました?」
「早く大殿さまにお知らせしなくては」
乳母の少納言の君が狼狽していると、紫の上は息を整えてそれを制しました。
「騒ぎたててはいけません。すぐに収まるので殿には申し上げないように」
しかし一向に良くなる気配はありません。
次第に体は熱を帯びて、とうとう意識を失ってしまいました。
女房たちは源氏の戻りが遅いので上の様子をお伝えしようかと相談しているところに女御からのお便りが届きました。
女御は紫の上と楽しく過ごそうとご機嫌伺いの文をよこしたのです。
しかし急な病気であると聞かれて驚き、すぐに女三の宮の元に渡っている源氏へこのことが伝えられました。

源氏は昨日厄年のことなどを話したばかりでしたので、血が引くように青ざめ、まだ眠っている女三の宮を残して急いで東の対へと戻りました。
もしも紫の上が儚くなってしまったならば私はどうすればよいのだ?
そんな最悪なことは考えたくもないのですが、不安が渦を巻いて視界までも塞がれそうです。
ほつれた鬢もそのままに何度となく足を取られそうになりながら、紫の上の寝所へと辿り着きました。
「どのような具合なのだ?」
「それが明け方から急に苦しまれまして」
周りの女房たちはおろおろとみな暗い顔をしております。
「典薬寮の者を呼び、名のある僧を集めなさい」
典薬寮とは医学を専門とする博士がいるところで、僧を呼ばせたのは病気平癒の祈祷をさせる為です。
紫の上の頬に触れた源氏はその熱さに驚きました。
「まずは熱を冷まさなければ。昨日はあれほど元気であったのにいったいどうしたというのか」
源氏は紫の上が絶望して生きる気力も萎えているのを知りません。
「紫の上、どうか目をあけておくれ」
そうひたすら上の手を握り呼びかけては、自身も何も食べずに見守るばかりなのでした。
 
紫の上の病気というのは典薬の博士たちにも一向に原因がわからぬもので、時折激しく苦しまれるのが見ている源氏も辛くてなりません。
意識が戻ってもほんの少しばかり果物などを食べるだけで日に日に弱っていくのです。
源氏は霊験あらたかな寺社には軒並み病気平癒の祈願をさせ、六条院にはたくさんの僧たちを控えさせました。
今日は昨日より幾分良くなったかと思えばその日の夕刻には意識を失くしたり、明日は良くなろうかと細々と願ううちにも数日が過ぎてゆきます。
紫の上は意識が朦朧とするなかでも、
「どうぞ出家を御許し下さいまし」
そう懇願するのが源氏にはまた悲しく感じられます。
もしも出家して病状がよくなるならば、と考えぬこともありましたが、生きてこの人と別れることだけは耐えられそうにもないのです。
「その願いだけは到底聞き入れられそうもないよ」
その度に紫の上はまた涙を浮かべるのでした。

次のお話はこちら・・・


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