紫がたり 令和源氏物語 第百五十八話 絵合(四)
絵合(四)
権中納言は昼間も帝が娘の弘徽殿へ渡られるので安堵しておりましたが、近頃は梅壺へも通われているのを不安に感じております。
帝は絵が殊の外お好きで、ご自分でもたいそう上手にお描きになります。
ある時のこと、お主上が斎宮の女御が猫を飼い始めたということで、昼に梅壺を訪れると、女官達たちが雪のように白い仔猫を追いかけて騒いでおりました。
「白がそちらに行きましたわ。捕まえてくださいまし」
「あら、あら。なんとすばしっこい子なのでしょう」
「衛門の君、紐で気を引いてくださいな」
「わかりましたわ。白、大好きな紐ですよ」
などと、数人の女官が賑やかしくかしましいのは、どうやら仔猫が逃げ出してしまった様子です。
「お静かになさい。お主上がお越しになりました」
女別当が厳格な表情で嗜めたので、その場はしんと静まり返りました。
「お主上、見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
斎宮の女御が眉尻をさげて困ったような表情をするのも可憐です。
「いやいや、無事に白を捕まえられたようでよかった」
「ええ。まだ子供なのでやんちゃでして」
見ると、どうしたわけか白と呼ばれる仔猫は大人しく女別当に抱かれております。
どうやら元気な仔猫も厳格な女別当のお出ましには逆らえぬのか。
女別当は白を抱いたまま、静かに側近くに控えました。
「さすが、女別当ですわ」
斎宮が笑むと、帝もこの人には逆らってはいけないと感じておられましたので、くすりと笑われました。
「仔猫でも従うべき人がわかっているということでしょうか?」
「あら、お主上。女別当は誰よりも思いやりのある優しい御方なので、仔猫も懐くのですわ」
女御の心を許した様子に、見ると確かに仔猫は女別当に甘えるように額をすりつけております。
ただ厳しいだけの人ではないということか。
帝はまた笑むと女御に微笑みかけました。
「女御は何をなさっていらしたのですか?」
「はい。実は絵の上手な者たちと白を描こうということになりまして」
帝はたいそう興味をそそられました。
「ほぅ。それは是非見てみたいものですね」
「まぁ、どうしましょう。拙いですが・・・」
そうして女御は恥ずかしそうに描きかけの絵を差し出しました。
帝はその緻密に描かれた美しい絵に感嘆の声を上げられました。
「これは御上手ですね。白の瞳が生き生きとしているのが素晴らしい。愛らしい仕草もまるで写し取ったようだ」
「お褒めいただき、ありがとうございます。生き物は片時も留まっておりませんので、難しゅうございますわ」
嬉しくて頬を染められる女御の姿も愛らしく、帝はまた笑みをこぼされました。
「よく描けておりますね。私も絵を描くのが好きなのです。そうだ、明日は一緒に絵でも描きませんか?」
「はい」
花がこぼれるような女御の笑み誘われて。
趣味の合う者同士で息が合い、近頃帝は昼も梅壺を訪れているのです。
今日は季節の花を題材に、などと一緒になって描かれるのが楽しいこと。
女御の洗練された色の取り合わせも帝には新鮮です。
ふと隣を見ると、美しい女御が絵筆を握り、さて次はどこに筆を下ろそうか、などと思案している姿がまた可愛らしく、何の気ない様子がまぶしく思われます。
「いつか女御と一緒に野外の写生というのもしてみたいですね。あなたは一瞬を切り取る素晴らしい才能がおありになるから、きっと川の水なども美しく描かれるでしょう」
「まぁ、それは楽しいでしょうねぇ」
目を合わせては笑みを交わし、とても仲の睦まじいお二人の様子に梅壺ははなやかにときめいていられるのです。
源氏は女別当からの報告で斎宮の女御が立派に勤めを果たされておられること、帝とのご情愛を着実に育まれておられることを嬉しく感じ、目がね違いではなかった、と誇らしく感じるのでした。
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