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紫がたり 令和源氏物語 第四百二十四話 御法(二)
御法(二)
衆僧が「法華経をわが得しことは薪こり菜摘み水汲み仕えてぞ得し」と声高々に讃歎の歌を唱えるのを聞きながら、紫の上は可愛がっている中宮の御子、三の宮(後の匂宮)を遣いとして明石の上に手紙を贈りました。
惜しからぬこの身ながらも限りとて
薪つきなんことの悲しさ
(この命が消えても惜しいとは思っておりませんが、これを最後として薪が尽きるように消えてゆくのかと思うとさびしゅうございますね)
明石の上はこの法要の素晴らしさを讃え、紫の上の往生を願うように返事を書きました。
薪こる思ひは今日をはじめにて
この世に願ふ法ぞはるけき
(今日の法要を始めとしてこれから先々も御法が続くように、御身のお命も続くよう願っております。そして尊い世へ導かれますように)
その詠みぶりが今の上には懐かしく感じられ、何も言わずともあの方にはわかっていただけるわね、と上はこの手紙を読んで涙を滲ませたのでした。
法要は一晩中続きます。
不断の念仏と誦経に合わせて鼓が打たれ、その功徳が魂に沁みるように感じられる紫の上です。
それがありがたくて自然に両掌を合わせる姿は菩薩のように慈悲深く清らかなのです。
やがてしらじらと夜が明け始めるとほんのり霞がかかってうららかな春のあけぼのが美しく、雅やかに響く笛の音に誘われるように小鳥がさえずり、うっすらと花々がほころぶさまは笑んでいるようでした。
暁に映える陵王の舞があでやかで、なんと美しい光景であろうかと心が震えます。
そこにふわりと柔らかな風が吹き抜けて、桜びらがさぁっと散りました。
霞む視界に舞う花びらが御仏と結縁(けちいん)する散華のように思われて、なんとこの世界は尊く慈愛に満ちているのであろう、紫の上の頬には透き通る涙がこぼれました。
供養が終わり、紫の上は花散里の姫にお越しいただくよう願いました。
この君にはいつでも慰められ、励まされ、誰よりも心を許した友であるからです。
「あなたとは長くお付き合いをさせていただいてありがたく思っておりますのよ」
花散里の姫は清らかに痩せられた紫の上が、これを最後とお呼びになったのだわ、といたわしくて優しく手を握りました。
「わたくしこそいつもお気遣いいただいたのがありがたくて」
紫の上は花散里の君に詠みました。
絶えぬべき御法ながらぞ頼まるる
世々にとむすぶ中の契りを
(もうすぐ儚くなるように思われるわたくしの命ですが、あなたとは後の世でも仲良くお付き合いする縁があると思いますのよ)
花散里の姫は口先ばかりの気休めなどは言いません。
心を込めて紫の上に返しました。
結びおく契りは絶えじ大方の
残りすくなき御法なりとも
(わたくしとて残り少ない命ではありましょうが、あなたとは先々も縁を結んでゆけることでしょう。この御法を通じてもさらにその功徳が得られるでしょうから)
紫の上と花散里の君は目を合わせて静かに微笑みを交わしました。
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