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令和源氏物語 宇治の恋華 第二十五話

 第二十五話 橋姫(十三)
 
大君が返事に詰まっていると、先に取次役にと起こしに行かせていた老女房がやって来ました。
「まぁ、尊い中将さまを縁側に座らせたままだなんて。御簾の内にお入れするのが礼儀というものでしょう。まったく今の若い人達ときたら存じませぬもので、失礼致しました」
老女は遠慮なくずけずけと続けました。
「今やこの山里を訪れる方も減り、世から忘れ去られようとしているものを、こうしてお尋ねくださるありがたさは姫君たちもいたくお感じになっておられますわ」
さてもまぁ、珍しく世慣れた者が出てきたものよ、と大君の御声を聞けなくなった薫はつまらなく思いましたが、このままだんまり通しでは埒もあかないので、老女房の存在を歓迎しました。
どことのう品のある口調に風情のある様子はかつて都にてお仕えしていたに違いない老女なのです。
「あなたのように弁えていらっしゃる御方がいらしてくださってよかった。私の衣は露に濡れておりますし、迎えの車が来るまでの間ですからこのままここでかまいません。しばし徒然のお話し相手になってください」
そうして薫君が寛いで物に寄りかかる姿は有明の月に照らされてなんとも美しいものです。
若い女房たちが溜息を漏らすのは頷けますが、老女は涙をこぼしてその尊い姿に見入っておりました。
薫が異なことと首を傾けると、老女は薫の側にいざり寄り、他には聞こえぬようにそめそめと語り始めました。
「中将さま、どうぞお許しくださいまし。わたくしはあなたさまの立派に成長された御姿に月日の流れたことを、遠い昔を偲んでいたのでございます。そして常日頃あなたさまへお引き合わせくださるよう御仏に祈っていたことが叶えられた喜びでつい涙をこぼしてしまいました」
「お前は私を知っているのかね?」
「直接お目にかかったことは初めてでございますが、ある縁であなたさまのことを忘れたことは一度もございません」
老女が身を震わせてむせぶのを、ただの老人の感傷と片付けるには得心がゆきません。
薫は何やら胸が騒いでぜひその由を聞きたいと先を促しました。
「わたくしの名は弁の御許と申します。かつては太政大臣を勤められた藤原家にお仕えしておりました。按察使大納言さまが家督を継いでおられますが、そのお邸でございます。あなたはご存知でしょうか。按察使大納言さまの兄・柏木大納言と呼ばれた御方がいらしたことを」
思わぬ実の父と思われる人の名が飛び出したもので、薫は心臓を掴まれたように息苦しさを禁じ得ませんでした。
しかしこの老女が秘された出生の真実を知っているものかどうか判断がつかぬ限りはそのことを打ち明けることはできないでしょう。
「その御方のことは聞いたことがある」
「左様でしょうとも。今は大臣となられております夕霧さまと並んで当代一と謳われる貴公子でいらっしゃいました。わたくしの母が柏木さまの乳母を勤めておりましたので、わたくしは乳姉弟として柏木さまのお側近くにお仕えしていたのです。話は変わりますが君の御母・女三の宮さまはお元気でいらっしゃいますか?」
「恙なく御仏の弟子として励まれておりますよ」
「それはようございました。女三の宮さまの元には小侍従の君と呼ばれる女房がお仕えしておられましたでしょう。小侍従は女三の宮さまについて尼になったと聞きましたが、その母とわたくしの母は姉妹でして、よく小侍従は大臣のお邸にも出入りしていたのでございます」
聡明な薫にはそのことで昔の経緯が察せられ、それと同時に幼い頃の記憶がぼんやりと甦りました。
「やはりあの御方に似ておられますわ」
そう独り言のように悲しげに見つめた人は尼削ぎをしていたのではなかったか。
短い髪がはらりとこぼれるのを不思議に思って見たものだ。
あれが小侍従であったかよ。
物思いに耽るように記憶を辿る薫君の様子を見て、弁の御許は君が出生の秘密に気付いているのだと悟りました。
「今ここでお話することではありませんが、お伝えしなければならぬことがございます。周りの女房たちも訝しみますので本日はここまでと致しましょう」
長い夢から覚めたように現実に引き戻された薫は、まるで神の下りた老巫女の託宣を受けたような不思議な心持ちです。
長い間探し求めた答えがまさかこの宇治で見つかりそうで、どうにも心がざわざわと落ち着かないのでした。

次のお話はこちら・・・


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