紫がたり 令和源氏物語 第二百六十五話 行幸(九)
行幸(九)
どこから真実というものは漏れ出るのか、玉鬘姫が実は内大臣の姫であるという噂は広がっておりました。
それを聞いた異母妹の近江の君は内心面白くありません。
弘徽殿女御の元に伺っては雑用などを引き受けてお仕えしているのに、女御の女房たちは几帳の陰に隠れて近江の君を冷たく嘲笑っているのです。
兄弟たちもみなよそよそしくて大臣の姫君というものは思っていたよりも窮屈で孤独なものなのでした。
そこに玉鬘が自分と同じ内大臣の姫であることがわかり、世間でもてはやされているのが近江の君には我慢ならないのです。
いつものように近江の君が女御の元へご機嫌伺いに赴くと、そこに柏木の中将と弁の少将が伺候しておりました。
近江の君は顧みてくれない兄弟達を恨めしく眺めます。
「お父上さまはまた新しい姫を見つけられたそうどすな。玉鬘とやら。お上品な名前で呼ばれ、源氏の大臣にも大切にされるやなんて、うちとはずいぶん扱いが違いますなぁ」
近頃その冷遇さに不満を持ち、遠慮なくずけずけと言う近江の君の態度はふてぶてしく、とても高貴の姫とは思えません。言葉遣いも以前のものに戻ってしまい、お里が知れる、とはこうしたことかと兄弟達も辟易しております。
「尊い方たちに大事にされるにはそれなりの訳がおありなのでしょう。それよりもそのように声高く事情のよくわからない邸内のことなどを言うのは軽率ですよ」
柏木は侮蔑の念を露わにして無礼な妹を窘めました。
「おだまりなさいよ。うちが何も知らないやなんてよくもそのような事が言えますなぁ。毎日女御さまにお仕えして働いているうちを除け者にして、玉鬘は尚侍になるというではありませんか。働き者のうちこそが宮仕えにはふさわしいというものを」
柏木はまさか近江の君が分不相応にも宮仕えを切望しているとは思いもよらず鼻白みました。
「私こそ尚侍に空きがあれば推薦してもらいたいところですよ」
そう近江の君をからかうと、女房達は堪えきれずに声を立てて笑いました。
「あなた方がうちを莫迦にしているのは承知しておりますが、あまりに非道い物言いやないか。わざわざ探し出してこんなところに連れてきたのはそうして嘲笑るためどすか。貴族というのはなんと意地が悪くて残酷なんやろ。あな、恐ろしや・・・」
近江の君がそうして涙を流すので、柏木はこの娘を連れてきた自分にも責任のあることと妹が不憫に思えて何も言えなくなりました。
弁の少将も近江の君を可哀そうに思ったのでしょう。
「近江の君、その熱心さがあればいずれ宮仕えの御声もかかるかもしれませんよ」
そう慰めました。
内大臣はこの騒動を知り、近江の君が宮仕えを切望していることを知りました。
なんとも恥知らずで大それたことを考えるのか、と呆れましたが、身の程も知らずここまで愚かであると逆に愉快に思われてなりません。
弘徽殿女御の元へ行くと、やはり近江の君が雑巾を片手にせっせと掃除に励んでおりました。
「近江の君、こちらにいらっしゃい」
「はい、お父上さま」
「あなたは宮仕えに出たいのだそうですね。何故私に早く言わないのですか?」
「それは女御さまを通じてそのように奏上していただけるかと期待していたのです。奥ゆかしくすればこそ、ですわ」
「そんなまだるっこしいことは親子の間にはいりませんよ。それより今からでも遅くはないので、歌などを詠んだものをお主上に差し上げましょう。面白ければ大抜擢があるかもしれませんよ」
などと、内大臣はありえもしないことで娘をからかいます。
「ひゃぁ、ほんまに?うれしいわぁ。お父上さま、きっと傑作を詠んでみせましょう」
そうして飛び上がる近江の君を横目に見ながら、愚か者よ、と内大臣は心裡で莫迦にしておられる。
弘徽殿女御は近江の君が気の毒で、扇で顔を隠して目を背けられました。
世の人々は内大臣のそのなさりようこそが冷淡であると近江の君に同情的で、同じ姫でも玉鬘姫とは大した違いがあるものよ、きっと誰より内大臣が娘を恥ずかしいものと思う故、殊更に今姫君を貶められるのだ、そう噂したのでした。
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