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あの日のことや、主治医に対する思いについて[遁走からの飛び降り]


診察の後、遁走して飛び降りをしてしまったあの日について。その診察やそれ以前からの主治医に対する思いについて。ずっと考えている。
(経緯についてはこの記事に書いてあります)

飛び降りについて、自分の中で整理をすることができないと前に進めない気がしていて。それにはやはり、あの日の診察のことや、それ以前の、前回の精神科入院の他患からのセクハラ、それに対する主治医や病院側の不誠実な対応から拗らせていた主治医への不信感。そこをある程度クリアにできないと整理をつけることは難しいと考えている。

あの日、わたしは精一杯SOSを出していたと思う。わたしは他人に対して感情をぶつけることが苦手だ。他人からは感情豊かに映っていると思う。確かに感情を豊かに表す方ではあると思うが、感情を“ぶつける”ということはとても苦手だ。負の感情に関しては、特に。その中でも、怒りの感情に関しては、最上級に。あの時感じてた感情は、怒りとはまた違った感情だったけれど。絶望だったな。心の底からの絶望を感じていたな。
どれだけ、『もう限界』だと訴えても訴えても、伝わった手応えが感じられなかった。絶望した。実際絶望したと勇気を振り絞って言葉にして伝えた。それでも伝わった手応えが感じられなかった。もう、どうしたらいいのか分からなくなった。そして、「もう病院来ません」と診察室を飛び出した。
診察は毎回録音しているので(許可済)、この流れは聞いて確認した。
あれ以上、どうすれば良かったのか。冷静になんてなれる訳が無かったし、精一杯泣き叫びながら、時に怒鳴りながらSOSを出した。頑張って感情をぶつけた。だけど届かなかった。何回も書くが、絶望だった。

そもそもセクハラの件にしたって、セクハラ自体でなく、主治医にその場で宥めるだけ、のような対応を取られたことやちゃんと向き合ってくれなかったこと、それに対して納得がいかないと伝え続けていくうちに心の傷が抉られていって、最終的に主治医に対して初めてストレートに冷酷に怒りをぶつけて、やっとわたしの心の傷の深さが伝わったこと。そこで深く傷ついた訳で。
主治医には「𝘺𝘶𝘪さんの寛容さに甘えていた部分があったと思います」と言われた。
セクハラを受けてから5ヶ月間ずっと誰にも気持ちを分かって貰えなかった訳だし、人を信じることが出来ないわたしが唯一心から信頼できていた存在の主治医のことを信じることが出来なくなってしまったのだから、不信感はそう簡単には拭えない。

あの日の前の診察で入院予約を入れたにも関わらず、あの日、『新たなトラウマを植えつけたくない』と入院を断られた。
もう少しで休める、と思っていたのに。入院させないんだったら最初からそう言ってよ。前言撤回はキツすぎる。わたしはもう限界なのに。
色んな思いが頭を駆け巡った。何故、被害に遭ったわたしが入院を断られなければいけないのか。そこに怒りも覚えた。
診察の中で『死んでもいいか。』と、そこまでわたしは言っていた。そんなこと、誰にも言ったことがなかったのに、異変に気づいて貰えなかった。診察室を飛び出す時も止めてくれなかった。病院を飛び出る時も、誰も止めてくれなかった。
せめて、止めていてくれたら。わたしは解離状態だったのだから。自分ではコントロール不能になっていたのだから。
初めて遁走を起こして、気付いたら川に転落していた。遥か上には橋があった。どれだけの恐怖だったか。

飛び降りなんて本当にしたくなかった。『もう病院来ません』その言葉が現実になりかけた。
正直、今はあの時死にたかったと思ってしまっている。助かったものの、腰には人工骨が入り、第2〜4腰椎が一生くっついたままになる、という身体になってしまった。中途半端に生き延びるなら死にたかった。今はそう思ってしまっている。考えすぎてナーバスになっているからだと思う。
周りの人たちを苦しませてしまうだけの行動はしたくなかった。こんな身体になりたくなかった。
『何で』『どうして』『どうすれば良かったの』
そればかりが頭の中をグルグルしている。

考えど考えど解決に向かわない。向き合い続けることに少し疲れている。けれど、今わたしが頑張れることは向き合うこと。向き合わないと乗り越えることは出来ない。
助けて貰った命。人生。このことを乗り越えて、また前に進みたいと思っている。


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