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つか子と「あの人」 プロローグ:1〜6

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      今日のつか子、へんだよ。おかしいよ

ええっ? ごめん

  さっきから、 どっかよそむいてる感じ

そうかっ。ワルかった

  どうしたの?

う〜ん、信じてもらえるかな。自分のダブルに会っちゃったんだ

  つか子のダブル?へえっ。どこで? いつ?

ウン、2、3日前、見覚えのない日記が出てきて、ちょっと読んだら、ものすごくこっちの胸に入ってくるの、その書いた本人、昔、昔の大昔のワタシなんだけどサ

   ヤダ。なんだ、そんなの、気持ちワルい、ほっとけば?

でも、最初の行読んだとたんに、そのはなしてくれない

   なんて書いてあるの?

『アパートに一人でうつったのが、8月28日、3週間たった』

   ふーん。日付は?

『1975年9月20日』

   ええっ?!昭和50年ころ?そんな昔のこと、ほっとけばいいじゃん

それができないの。このひっこし、人生の大だい事件。これ読んだとたん、白黒の映画がいきなりカラーになって目の奥まで痛くなっちゃった。書いたの方はつかみどころないんだけど、うちはすごくはっきり覚えてる。今、そこにとんで帰ったら、ドア開けてくつ脱いですぐくつろげる感じ

   いいじゃん

だけど、こわいのは、もしそこに「その」がいたら、どうしよう。そしてくつぬいで、上ろうとしたら「あんた、だれ?」とか言われたら。。。わたしが人生の終わりに近い自分だって知ったらものすごく怒ると思う

   なんで?

「そんな大人になるつもりなかったって」「そんなこと、ゼッタイ、信じない!」って。。。
            
                
            
  燃えてたんだよね、この頃のつか子!

うん。燃えてた、スゴ〜く

   カレとのアパート出て都会のまん真ん中に一人で引っこした。家族には事後報告!

ウン。それ知った親戚みんなから『わがままでエゴイスト!』ってさんざんタタかれちゃった
         
   カレと大ゲンカでもしたの?

ううん、そんなんじゃない。うまくいってたの。だから、出たの

   ヤダ。そんなの、りくつに合わないよ

だって、ずうっとものすごくカレに頼ってたんだ。その前は家族。一人でやっていきたかった

   そうか。でも、つか子、その3年前には家族の反対おし切って、ふつうの結婚式なんかしないと言って、カレと住み始めたんでしょ?

うん、そうなんだ。結婚制度なんか女性差別だって

   う〜〜ん。それじゃ、親、腹立てるだろうな。心配も心配だし

うん。でも、もう独立してたし、誰に迷惑かけるわけじゃないって思って
胸いっぱい空気すって、思いっきり、好きなように生きたかった

   う〜〜ん、若かったんだ

同じ日、『女は闘う。わたしは私とも闘うんだ』つか子、そう書いてる

『わたしはまず私のために守りたいと切望するほどの生活をしたい』

   スゴーイ。それは、スゴいわ

でしょ?だから今のわたしがこのに会ったら、ゼッタイ聞かれる

「あんた、守りたいと切望するほどの人生、生きてるの? どうなの? 聞きたい。答えて。答えられる?」   

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タタかれたの親戚や家族からだけじゃないヨ

   ふ〜〜ん。 だれから?

一人は友だちの連れ合い、教育も地位もあるひと

   なんて言ったの、そのひと

『「引っ越したと聞いたとき、あぁやったかと思った。。。結局愛し合ってもいなかったんだから、そんなのが一緒になることなかった、ならない方がよかったんだ」って』

   それ聞いて、その、どうした?

うん、『「やっぱり」って思ったけど、傷ついた。。。』カレとは愛し合ってたんだ。それと、カレのうち出たのと違うんだ。デモ、通じなかった

   そうだろうね。それは通じないヨ

それだけじゃない。そのひと 、『「自分の仲間でいつも話すのは、嫁にするのは一番バカな女か一番りこうな女がいい。つまり抑えることのできる女が’いいって言う」って』

   そんなコトいってたんダ?!

それ聞いて、その、『だけど負けない印、ダカラかな負けない印』 

   そうだろうなぁ。それはソウ思うだろうナ

そのひと だけじゃない。既婚の女性ひと からも、さんざんいわれた。『「みんなガマンしてるんだ!独身の女だけじゃない。結婚してる女も苦しんでるんだ!」。。。そういうなら、それじゃあ、ガマンしない方に変えたらイイと思うんだけど』そうその書いてる

   ソウか。それは理屈だな

『「世間、世間、人は一人で生きてるのではナイ」どうして、みんな実害のないところで、迷惑したり、心配したりするのか。結局ソウやって、自分の生活がおびやかされるからじゃないか。だけど、そんなに苦しくガマンしてる生活をどうして、そう守ろうとするのか』

   う〜〜ん。ガンバレって言いたくなっちゃった、このに。でも、このの論法、どっか違うって気もするんだけど、マダ反論できないヤ

そのひと まだ言ってた。『2000年の日本にみんなの作ってきたルールがある』

   う〜〜ん。2000年のルールねえ。それは重いヤ。どうこたえたの、その

『それを彼はヨシとし、わたしはアシとしてる』

   ずいぶん、ハッキリ言ったんだネ。今のつか子はどう思う?

みんなの作ってきたっていう「みんな」って誰なのかって、考えちゃう

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しかし世の中甘くないなあ。これ、当たり前らしいけど、一人で移ったということで、犯罪を犯したことにもなるらしい

   犯罪ねえ。きっと、犯罪を犯すのではないかという恐れと心配だョ  

でも、みんながみんなつか子をたた いたわけじゃないよ。寄ってたかってタタいた人のそばで、一人味方がいてくれた

   へえっ、それだれ?

英語を習ったセンセイ、ほんとはこの人、ロシア語の翻訳者。『つか子のやったこと知って、何も言わないのに眼を輝かせてロシアの詩人ミハイル・レールモントフの詩聞かせてくれた。

     港を出る舟は
     希望を求めるにあらず
     希望を のがれるにあらず
     そは
      くるえる舟は
     嵐をうとや
     嵐の中に安らぎを見るとや』

   ふ〜ん。嵐の中に安らぎを見る!か。。。

自分にも誰にも説明できなかったときに、この詩、心にみたの覚えてる

   詩って、そういうパワーあるヨネ

『なぜ移ったのだろう。なぜこうしなくてはならなかったのだろう。。。人にも言えず、自分にも、これがこうでこうと言えない』

『あたたかく見守られ、何をしてもゆるされ受け入れられる人のそばにいたくない、何て言ったらいいのか、結局、その人の範囲 はんいの中で、泳ぐのはヤだってこと。。。』

『何でもイイ。悪くていい、こわくていい、不安でいい、なまなものが わたしの身体にじかにくるものがほしかった。明日にすっかり安心してる生活がここ長かった』

そして、つか子、こうも書いてる。『生きてるって、こんなにいいもんだったのかって、今は何をみても何をしてもそう思う』

   そこまで思ったの。そんなふうに思ったコト、わたしあるかなぁ

『今、さびしいヒマはない。その日がっかりしても 夜になれば眠る。その晩ねむレなくても朝になれば、また、元気。こんな力が自分の中にあったなんてうれしい驚きだ』

   ソウか。それが若いつか子の実感だったんダ

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ものスゴーク仕事してた、いろんな人から借りてたから

   よく貸してくれる人見つかったネ

うん、びっくりした、たいてい「本当は自分も同じことしたかった、だから。。。」なんて言われて

   ふ〜〜ん、ソウなんだ。つか子だけじゃないんだ、一人で港出たかったの。。。 

いったん出たら、いろんな新しいこと、新しい人に会った

   つか子、誰か、ほれた?

うん、そう、何人も

   ええっ、何人も!?

うん。で、カレと別れたとき誰かに言われた『結局愛し合ってもいなかったんだから、そんなのが一緒にならない方がよかったんだ」』っていうの思い出して気がとがめた。。。デモ、それはやっぱり違う!

   ドコがちがうの?

う〜〜ん、何て言っていいか、これ、聞いたら、「そうなんだ!」ってうなずく人と、ゼッタイ反対っていう人といると思うんだけど

   イイよ、言ってみて

うん、人の心はただひとつじゃない。同時にいろんな人愛せる!

   ふ〜〜ん、それはウけないと思うよ、たいていの人には。永遠の愛、たった一人への変わらぬ愛とか、信じたいから

そう、そうなんだ。デモ、ハダカになって自分の中マッスグ見つめたら、どうだろう

   一人の人愛するのもシンドイのに、複数なんて、わたしにはムリ、考えられない
 
そうか。そう思うと思った。ワカル、その気持ちも

この話、わたしが言い出したんじゃない。いっとう好きな小説に出てくるんだ、ロマン・ロランの「魅せられたる魂」。そこで、主人公のアンネットが一人の男を愛していると信じてる時にいきなり別の男も愛するようになった自分を知って苦しむとこ

   やっぱり、苦しむんだよね、それ気づいたとき

そのさき読むと、アンネットは実は「自分が一人以上の人間だってこと知らなかった」って書いてあるの。それ読んだとき、正直、救われた〜〜って思った。自分も苦しんだから
  
   フツウ苦しむよね。自分の心がどこにあるのか。それに相手のことも

何人にも惹かれたけど、カレを愛したように愛したと思った人は出てこなかった。。。「あの人」に出会うまでは。もうずうっとずっと前から知ってたような気がした。幸せって感じたっていうのともちがう、ただ、会えてよかった〜〜って思った。心底生まれてきてよかった〜〜とも

   ソレは強烈だネ

                
   
    なぜそんなに惹かれたの、「あの人」に?何て云ってる、その

『同じ考え同じ感じ方するから』

   なるほどネ

好きだったのは『楽しいところ、やさしいところ、あいまいなところ、情熱的なところ、どうしようもないところ、

踏みはずしそうなところ、理想と現実のはざまで、あきらめかかりながら、希望を持たないわけではないところ、

バカするところ、素直なところ、がんばるところ、がんばりきれないところ、

自然なところ、きゅうくつでないところ、わたしを怒らせようとしたりするところ、

なりふり構わないところ、正直なところ、「彼女」のことも含めて「わかる」ところ、

子供じみたところ、キチンととしてないところ、きどってないところ、

現実を知ってるところ、失敗するところ、恋を何度もしたことのあるところ、その楽しさや苦しさを知ってるところ、

平気なところ、悪いいみでも良いいみでも人の心がわかるやさしいところ、

気持ちを身体で表現するところ、そうカッコの良くないところ、ひどく人間的なところ。。。

   もうイイ、もういい、ワカった、ワカった、それじゃあ、「あの人」、つか子、そっくりじゃない!

ふ〜〜ん。そう思う?でも、どっか、すごく違うヨネ

   ウン、全く同じじゃぁナイ。つか子は正直じゃナイ

ええっ!

   だって、自分に正直なら、つか子にとってそんな魅力のある人、あきらめなかったと思うヨ

ソウか。ソウ思うんだ。わたしも、ウソかなあと思ったことある

   でも、ソウと知りながら、つか子はあきらめたんダ

あきらめたって言われると「チガウ!」って さけび出したくなるけど、結局はソウなんだ。あきらめたんだ。こうしたいというのと、こうありたいというのと、どっちもつよくって、その間で、あがいた

   ちょっとよくワカんない、こうしたいと、こうありたい?

うん、こうしたいは、とにかく、このままドンドンもっともっとあの人に近づきたい、身も心も。でも、こうありたいは、「おんながおんなを傷つける、おとこをはさんで」に自分が加わるのはヤダ!ソウいう女でありたくナイ!

   ツヨかったんだねぇ、つか子

そう、他人 ひとにも自分にもソウ見えた、でもほんとはそうじゃなかった

そのあげく、『。。。自分の選んだこと、した事、しなかった事、他にどうしようもなかったと思ってる。でも今がウソかなあと思うこともある。。。自分が選んだのだから、何もいうことはないけど、命の輝きでない方、安らぎの方を歩いて来た。。。今、心の奥底から叫び出したい。天地に向かってほえたい。。。』

   後悔したんダ?

うん、認めたくないけど、ソウ、後悔した。でも、あの頃のつか子に同じことあったら、同じコトするだろうと思う、つか子がつか子であるかぎり。。。

   いやぁ、しんどいなぁ、つか子って

ソウなんだ。リブの田中美津さん、みんなにいつも言ってたけど、「楽な方、楽な方、選びなさいヨ」って。それ、できなかった。それとも、そっちが楽だったんだろうか。気がとがめない方

別れた数ヶ月あとに書いてる。『楽しみはあるけど、つよい喜びはナイ』 

だから、いつか、ある日、吉本ばななの「幸福の瞬間」のネコのように、エビのご馳走前にして食べてイイと云われてガブつく瞬間、それが欲しい、その前に死にたくない、それまで、絶対生きていたい、そう思ってる。。。




つか子と「あの人」 (創作大賞2024応募作品) のプロローグ

エピローグ: つか子と「あの人」 (つか子と「あの人」 の短い続き)


新作品: 『救急車のサイレン』    『みじか〜い出会い・三つの思い出』 
     『夫の質問:タンスの底』  『外せないお面』   

『スイカと鳩:ひとりの小さな平和活動』 『昭和40年代:学生村のはなし』『クエーカーのふつうしないこと:拍手』
『アフリカ系アメリカ人:一瞬たりとも』  『明治の母と昭和の娘』 
『本当の思いを云わ/えない本当の理由』 
『伝統ある黒人教会のボランティア』   
『スッキリあっさりの「共同」生活』 


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