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「金融経済教育の手がかり」としてオススメしたい1冊『きみのお金は誰のため』田内学(東洋経済新報社)

こんにちは!代ゼミ教育総研note、編集チームです。

【代ゼミと考える金融教育】
2022年4月から高校での授業が義務化された「金融教育」。子どもだけでなく我々大人も知識格差がある「金融」について、一緒に学んでみませんか?代ゼミ教育総研の研究員や職員がリレー形式で語ります。

今回は、代ゼミきっての読書家Hさんに、「お金」にまつわるオススメ本を紹介していただきました。


こんにちは。

今回は金融経済教育の周辺にある小説というテーマで2作品選びました。
話題になった作品なので既に読まれた方もいらっしゃると思いますが、再読の価値は充分ある内容です。改めて手に取ってみてはいかがでしょうか。もちろん、未読の方にもおすすめです。


『きみのお金は誰のため』田内学(東洋経済新報社)

小説の形を借りたビジネス書? オビに躍る惹句からそんなイメージを抱かれた方もいるかもしれません。
それとも純粋に小説として読むものなのか――。
私は虚心坦懐に読み物として楽しみました。



▸あらすじ

中学2年生の佐久間優斗(さくまゆうと)は錬金術師が住むと噂される屋敷の前で、投資銀行で働く若い女性、久能七海(くのうななみ)に出逢います。七海は投資で儲ける方法を学ぶよう上司に言われ訪ねて来たのでした。

屋敷の主は小柄な初老の男性で「ボス」と呼ばれています。ボスは投資で莫大な富を築いていました。
錬金術のごとくお金を簡単に増やすことへの興味とボスに対する好奇心から、優斗も七海と一緒に話を聞くことになります。
 
ところが、ボスはお金儲けの話は一切しないと言います。
1億円の札束を前に、「しょせんは10キロの紙きれや」「こんなもんに価値があるわけやない」と断じます。
優斗は反発を覚えますが、続く言葉に圧倒されます。お金の謎を解いてお金の正体を理解した者にこの屋敷をあげてもいいというのです。

▸ボスが提示したお金の謎

ボスが提示したお金の謎とは、
一、お金自体には価値がない。
二、お金で解決できる問題はない。
三、みんなでお金を貯めても意味がない。

の3つです。
 
うーん。私もこの段階では、優斗同様困惑しました。
お金は交換や価値所蔵の手段であり、価値をはかるものさしでもあるはずです。なのに価値はないとおっしゃる?
お金で解決できない問題もあると思いますが、多くの場合、解決手段になっているのでは?
将来に備えて貯蓄するよう政府も声高に叫んでいたではないですか。
これらの謎をどう解き明かしてくれるのか、興味津々です。
 
一、 お金自体には価値がない。
この謎についてのボスの「講義」は、日本銀行によって毎年30兆円の古紙幣が焼却されるという、優斗にとって信じがたい話から始まります。これこそお金に価値がない証拠だと。
個人の視点ではお金に価値を感じている。しかし、社会全体の視点に立てばお金の価値が消える――。そう言って、ボスは挑戦状を叩きつけるような笑顔を優斗に向けます。
 
私の頭上にも「???」の数が増えていきました。この展開、どこに着地するのか……。
 
講義は金(きん)と欲望の歴史、兌換紙幣と不換紙幣の話を経て、まずいクッキーを食べさせる方法へと発展します。その方法が分かれば、お金の価値が全体では消える謎の答えも得られるというのです。どんな方法があるのか考えてみるよう宿題にされます。
 
1週間後、優斗と七海はボスの屋敷を再訪しました。
宿題の答え合わせから、ボスの話はみんながお互いのために働く社会へと行きつきます。
優斗の中でお金に対する考え方が変わり始める一方、七海は納得いかない反応を示します。
人々が支え合って生きているというのはきれいごとだと思う。困ったときに助けてくれるのはお金。生きていくためにはお金に頼るしかない。だから私はお金を稼ぎたい。そう七海は主張します。
 
七海の背景にも何か隠されているようです。
 
二、お金で解決できる問題はない。
お金だけでは解決できない問題もあるという意味ですよね? と尋ねる七海に、ボスは首を振ります。どんな問題もお金では解決できないと。
ボスはポケットから百万円の札束を取り出し、紅茶に添えられたドーナツとこの百万円、問題を解決できるのはどちらだと思う? と問いかけます。
 
話の行方はまだ分かりませんが、ふと私は30年前に見たニュースを思い出しました。阪神・淡路大震災の直後、現地で大根1本を千円で売る人の映像です。極限の状況では、お金は食べ物に及ばないのだなということを痛感すると共に、激しい怒りも覚えました。
ボスの話が逆のベクトルを持っていることを願いました。
 
お金を払うことで問題を解決できた気になってしまうが、使ったお金の向こうに大勢の人がいることに気づかないといけないとボスは言います。
ここでもボスは分かち合う社会を作ることを説きます。
本来、経済(経世済民)はみんなが協力して働き、みんなが幸せになることなのだと。
 
三、みんなでお金を貯めても意味がない。
この謎の解は、「お金は奪い合うことしかできないが、未来は共有できる」ということ。
ここは話の流れを提示するよりも、前2つの謎を踏まえ、本編をじっくり味わっていただきたいと思います。
 
3つのお金の謎を解いた後、投資や格差、贈与の話に及びます。
1人ひとりが誰かの問題を解決しているから社会は成り立っている。お金が社会を支えているわけではない。ボスが「まず」2人に伝えたかったことが理解できました。
 
「まず」と断ったのは、最終章以降にも2人に対するさらに踏み込んだメッセージがあるからです。2人だけでなく、読者に向けてといった方がいいかもしれません。キーワードは「ぼくたち」です。

▸小説としての楽しみ方

テーマはお金の謎を解く話でしたが、小説としてのカタルシスもしっかり描かれています。
そこへ収斂するための布石もところどころ打たれていて、薄型テレビ、万年筆、ラクダの置時計、腕時計などが、注意深く読めばそれだと気づくでしょう。
また、推理小説好きの私には、思わずニヤリとさせられる場面もいくつか見受けられました。
「優斗は数学者が殺される推理小説を読んでいた」「選んだのは建築学科の助教授が活躍するミステリー2冊」などです。同好の士にはピンときたはず……ですよね?

▸金融経済教育の手がかりとして

授業で金融リテラシーを教えるための具体事例が書かれているかも?と期待して読まれた方は肩透かしを食らったかもしれませんね。
クレジットカードやローン、そして契約に関するお金のトラブル、金融商品の選び方、株式取引や資産形成、投資リスクなどに関しては触れられていません。

本書は自分と社会の両視点でお金の働きを理解し、個々の金融活動が社会全体に与える影響を学ぶことで生き方や社会のあり方を考えようと提案しています。その点で、金融経済教育を通じた探求学習の手がかりとするのもいいかもしれませんね。

また、家庭科や公共の授業で活用するならば、このような活用法はいかがでしょうか?(学年問わず、また、ご家庭でも応用できる内容です。ぜひ!)

金融経済教育の一番最初の授業で(教科書を読む前に)、「お金ってなんだろう?」と子どもたちに問いかける。

いったんの答えを聞いた上で、『きみのお金は誰のため』を子どもたちと読む。

本を読み、改めて「お金ってなんだろう?」と発表してもらう、あるいは、ディスカッションする。

お金についてざっくばらんに語り合う機会は、日本ではなかなかないもの。語り合うこと自体も金融経済教育に必要な要素であると考えます。

まだお金を稼いだことのない子どもたちが、本書を通じてお金についてこれまでになかった視点で考える中で、「そもそもなぜお金について学ばなければいけないのか?」に自分なりの解を見出し、学びへのモチベーションにもつながる機会となるでしょう。


2冊目のご紹介もお楽しみに!


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