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お茶の町、松江。茶の湯の心を訪ねる旅

「始めるのに、遅いことはない」

子供は無事独り立ちしたし、家族も健康に過ごすことができて、現状は何も心配はない。
いままではなんでも、まず家族を優先するのが当たり前。
生活が何事もなく滞りなく回るように、仕事に料理・洗濯・掃除と取っ組み合いをしてきました。

でも、家族がそれぞれにやっていけるようになった今は。
浮いた時間と労力、そしてがんばって仕事をして作った多少は自由に使えるお金、それを自分のために使ってもバチは当たらなさそう。
あと5年もすれば、両親の介護や孫の世話という人生のイベントが発生すると思うのです。
だったら、今、人生の楽しみを自分に許してもいいのではないかしら。


旅のはじまり


そんなことを考えて、思いついたのが

「茶道をやってみよう」

始めるのに遅いことはない、はず。
若い時に茶道を習っていたわけでもなく、やってみたいと熱望していたわけでもない。
ただ、日本文化の総合芸術と言われる茶道は、抹茶を点てるだけではなく、建築や茶道具、お花や懐石などなど、まことに間口が広くて奥行きがあるらしい。
激しい運動は必要なく、しかも、着物を着る機会が増える!
それなら、中年のゆるい手習にはぴったりではないかと思ったのです。

やるなら、楽しく。
そして、徹底的に!

やりたいことは、今すぐやろう。
元気で動き回れるうちに。

そう決めたので、ネットで調べて見つけた茶道教室へすぐに見学を申し込み、稽古の場所と先生を確保。笑
月に2回、お点前の稽古をつけていただくことになりました。

次に実行すると決めたのは、

聖地巡礼


茶道にゆかりのある土地を巡り、抹茶とお菓子をいただき、その地に残されている茶室や茶道具を拝見して、茶道文化を体験する。

茶道のお点前の稽古も大事だけれど、知識を深めることも、お茶の文化を育んだ土地、空気に触れるのも、よい経験になるはずと思い立ったのです。

「そうだ、お茶の街、松江へ行こう」

松江城

お茶にゆかりのある土地といえば、静岡県の掛川市や宇治を思い出します。
ただ、今回は
「茶道」
にゆかりのある土地に行ってみたい。
だとすると、やはり京都は外せない…。
でも、いきなり本丸を攻めるのはもったいない気がします。
京都は、後日のお楽しみ!

島根県、松江。
古い歴史のある、日本海の交易で栄えた豊かな街。
歴史好き、旅好きの方なら、松江はお茶の街だとご存知だと思います。
なぜなら、松江藩7代藩主の松平治郷(はるさと)、不昧公は大変なお茶好き。
茶道の歴史に名を残す大茶人であるだけではなく、熱心に茶道具の収集を行い、大コレクションを作り上げた人物です。


破産寸前に追い込まれた藩の立て直しに取り組む一方、熱心に茶道の習得に励み、財務が改善したら大金を投げ打って茶道具を買い集めて、
「雲州蔵帳」
という、マイコレクション目録帳を作るほどに熱を入れ、また財政を傾けてしまった、という耳が痛い話があります。
なんだか他人事とは思えない…
でも、集めるだけでなく体系立てて整理したからこそ、コレクションが散逸せずにすむので、不昧公の文化的業績は素晴らしいのです(言い訳?)。

お茶に溺れて、恋をして

松江には、茶道楽に打ち込んだ殿様にならって、街にはゆかりの和菓子屋が多く、実際に使用していた茶室が保存されています。

不昧公がお茶を楽しんだ茶室、明々庵

明々庵が立つ塩見縄手からは、松江城の天守閣が見えます。

不昧公が考案し、当時も今も茶会で振る舞われている御菓子、

若草
菜種の里
山川

の3つは、控えめで素朴な味わいの松江銘菓です。
和三盆の品の良い甘さが舌の上で消えて、抹茶とのマリアージュが感じられて美味です。
なんとなく、不昧公の人柄が偲ばれます。

左が若草、右が菜種の里。

茶道といえば、
「マナーに厳しい」
「窮屈」
「敷居が高い」
というイメージを持っていたのですが、松江でいただくお茶は大らかな味わいで、ただ美味しい。
使われる茶道具も、すっきりとした姿の素朴な姿でした。
藩政の立て直しに追われてストレスフルな殿様が、ちょっと仕事を抜けて御菓子をつまみ、お茶を服して気晴らしをしている、そんな光景が眼に浮かびます。

茶道の稽古を始めてまだ日は浅いけれど、私の点てるお茶も服した人がリラックスできる、ただただ
「美味しかった」
と、思ってもらえるものでありたいな、と思いました。
松江でいただくお茶は、不昧公と一緒に、
「こういうのでいいんだよ」
と、ほっとした気分になる、大変結構な一服でおいしゅうございました。

普段着の茶道

不昧公の命日である4月24日は
「茶の湯の日」
として、イベントが行われ、松江のお茶文化は現代にもしっかり引き継がれています。
そして、松江には普段から家庭で抹茶を点てていただく習慣があるのだそうです。
これは、茶道を習い始めてから始めて知ったこと。
「お茶の旅」
にぴったりの街ではないですか!

だって、ほら見てください。
街中のスーパーマーケットに立ち寄ったら、棚に家庭用の抹茶がずらりと並んでいてびっくりです。
複数のメーカーの抹茶が、グレード別に勢揃いしているなんて…
想像を超えていて、売り場の前で小躍りしちゃうほど嬉しい!

とりあえず3個購入ですが、もっと欲しい。

これこそ、
「こういうのでいいんだよ!」
お茶文化が根付いている松江の底力に感激です。

おまけ。お茶の祝福。


松江の田部美術館の喫茶室では、作家さんの茶碗で抹茶を点ててくださいます。
好きな茶碗を選んで、一服できるのが嬉しい。

素敵な茶碗でいただく抹茶は、美味しさも格別。

地元出雲の作家さんが作った茶碗は、ふわりと両手に収まって、抹茶の温かさを手のひらに伝えてくれて、お点前に従って右手で茶碗を回すと、よい香りが立ちのぼり鼻の奥をくすぐります。

そして、いよいよ一服と口が触れると、焼き物の意外な軽さが心地よく、ハッと意識が唇に集まった瞬間、するすると抹茶が口内に流れこんでくるのです。
人の手が生み出した芸術が、抹茶とひとつになって五感を刺激してくる、その多幸感!
戦国時代の大名達が茶の湯に熱中したのは、道具自慢のためだけではない。
目、鼻、耳、手、口で、お茶を味わう。
その時間の豊かなこと!
しかも、その感覚を同じ茶席の人々とシェアできるのは、なんと幸せなことか。

神話の国、出雲は、大地から雲が湧いて細い糸をつむぐように天へ上っていく、まさに
「雲が出づ」
土地でした。
旨みたっぷりの抹茶は出雲の神様の祝福のようで、忘れがたい旅の思い出になりました。


#私のこだわり旅

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