難病患者、正月の味覚消失事件
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世の中には毎年の恒例行事というものがある。
たとえば年末年始の親戚巡り、初詣、福袋争奪戦。そして私の場合は…コロナ。
そう、私はここ数年毎年コロナウイルスにかかっている。まるで年賀状よりも早く「やあ、今年もよろしく」とやってくる。
去年も一昨年も、見事にカレンダー通りの感染。もはや「感染のプロフェッショナル」と名乗りたくなるくらいだ。
その理由は主にいくつかあるけれど、一番は私の免疫力が極度に弱いことが関係していると思う。
私は現在22歳にして難病を患っている。中学3年生からなのでもう8年ぐらいの付き合いになるので、もはや旧友並みである。
自分の免疫システムが本来守るべき細胞や組織を間違って攻撃するという自己免疫と呼ばれるなんともややこしい病気にかかっており、
いい働きをしてくれる細胞まで間違って傷つけてしまうので、免疫力を抑える免疫抑制剤というのを使って私の中にある免疫システムの暴走を抑制しているという状態である。
つまり何が言いたいかというと免疫力を薬で抑えているのでめちゃくちゃ風邪や流行病にかかりやすい。
戦いのゲームなのに何も装備せず素っ裸で旅に出ているようなこんな生活をもう8年続けているのだ。
そして今年も例に漏れず、年末に「なんか頭が痛いなぁ」と思ったその翌日には、熱、咳、鼻水…はいはい、始まりましたよ。
ようやく年が明けました、初めまして私の2025年。
待ってましたよ、君が来ないと年が明けた感じがしないってもんですよね。えぇはいはい、一年ぶりですね、お元気でしたかね。
そんな嫌味をコロナに向けながら一人布団に入って鼻水をずるずると啜る日々。これも例年通り、もはや慣れたものですよ。
ただ今年のコロナはひと味違った。いや、ひと味もなかった。
そう、まさかの味覚が消失したのだ。
元旦に食べたおせち、伊勢海老やらスモークされた品物やらで香りがするはずなのに無味無臭。
「あれ、なんか味薄い?」
と家族に確認するも、「いや、別に普通」と言われ、そこで気づく。
「…あぁ、やられたな、これ。」
毎年コロナにかかってはいるものの味覚までは奪われていなかったのに…ついに奪われた味覚、不覚。
そうして味覚を失ったまま迎えた三が日。
いつもは「素朴な味がするから」と大好きな伊達巻きも今だけは憎らしい、なんの味もせえへん。
いつもは「この味が好きだから」と飲んでいる緑茶も憎らしい、ただの水にしか感じれへん。
そして途方に暮れていたところ味覚の復活には「亜鉛を摂るといいらしい」という情報を耳にした。
早速サプリメントを…と思ったけれど、わたくしは病気の関係で市販の薬は飲めないので食事で補うことに。
食事制限があって私が食べられて亜鉛も取れるもの、それは主に牡蠣、卵、納豆、ほたて。(他にもたくさんある)
ほたてを貪り食い、
牡蠣を貪り食い、
卵と納豆は納豆卵にして食べた。
すると、
「なんか若干だけど味するようになってきたかも〜!」
少しずつだが感覚が戻り始めたのだ。
完全復活とまではいかないものの、何を食べても空気を食べてるみたいな状況からのこれは嬉しすぎる進歩だった。
そこから約十日間、食べる物によっては味がするのかしないのかイマイチわからないみたいな状況が続いたが、少しずつ味覚が戻ってくる喜びは格別だった。
確実に味がした白米、味噌汁、プリン、そして前はなんのこっちゃだった伊達巻…
「味がする…味がするぞおおおお!」
そう心の中で叫んだ。
この味がすること、食べれること、美味しいと感じられること、食べることが幸せだと感じられること、は
私がクローン病という難病になった時、治療のための半年間の絶食を行い、それが明けて約半年ぶりに味噌汁を口に含んだ時の感情と似ていた。
「…そうなんだよなぁ、食事ができるってことは忘れがちだけど決して当たり前のことじゃないんだよなぁ。」
今回コロナに味覚を奪われたのはいい機会だったのかもしれない。
毎年のコロナにはうんざりだけど、相変わらず食べることに幸せは感じながらも、最近それが少しずつグラデーションのように薄くなっている私にとって食事の価値を再確認できたことは大きな財産となると思う。
…そう、思いたい。でないと割に合わないのだ。
そんな「味覚消失事件」を経て、ひとつだけ言いたいことがある。
毎年欠かさずと言っていいほど恒例化しているこの行事、もう流石にそろそろいいだろう。
来年はそろそろコロナ以外の恒例行事を見つけたい。
来年は伊達巻と緑茶を嗜みながら悠々と文章を書いていることを願う。
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