〈紀行〉夜を旅する(那須編)
「千マイルブルース」収録作品
時機は逸しているが、ホタルを見つけ「闇」を考えてみたい。
俺はワルキューレで那須に向かった……。
原稿用紙で14枚ほど。
※サービス画像あり。
〈紀行〉夜を旅する(那須編)
1
雨の切れた梅雨のある夜、俺は急にホタルが観たくなった。漆黒の闇夜で明滅する、儚い羽虫。そういえば、ここ横須賀でも観ることができる。去年楽しんだ場所も覚えている。酒場に舞う姫蛍も蠱惑的だが、今宵の艶は自然がいい。だいたい金がかからない。俺は飲み屋に行くのをやめ、ヘルメットに手を伸ばした。
その秘密の場所は、今まで誰にも明かしていない。終電を逃し、ピクニック気分の帰路で見つけた街外れの湿地。暗い山道を少し登るが、今日は電灯も用意してきた。俺は、ワクワクしながらアクセルを捻った。
しかし近づくにつれ、ヘッドライトの中に戸惑いが広がった。辺りの様相が去年と違うのだ。道幅が拡張され、街灯が目盛のように並んでいる。もう途切れているはずの民家が、まだ続いている。困惑は懸念に変わった。そうして目指していた山のふもとに着き、俺は唖然とした。
山が、ない。ペッタンコな宅地になっているのだ。いや、そのパステルカラーの群れの奥に、かろうじて小山が残っている。しかしそこも整備され、オシャレな遊歩道が常夜灯の中に浮かんでいた。
俺はバイクを止め、仕方なくその小山へと向かった。
当然、ホタルなど見当たらない。だいたい、湿地も闇もないのだから。俺は公園になっていた頂上に着き、眼下を見下ろした。街が海のように広がっている。その海面には、フジツボのような光の塊が点在し、ウミヘビのような街路がその間をつないでいた。ウミヘビの背中では、ホタルイカのようなヘッドライトと夜光虫のようなネオンサインが、気ぜわしく瞬いている。ところどころに群生しているのは、幸せ家族のツキヨタケか。
俺は今いる小山に目を転じた。暗がりは、ある。しかし、闇はない。木々の形もベンチの数も、わかる。逃げだしたカップルの表情も、読める。黒ずくめの俺のつま先さえ、見える。俺は溜息をついた。「文明」とは、ある意味闇を駆逐することだったのだろう。
人間は闇を恐れ、火を手に入れた。だがそれの作りだす影にまた怯え、灯りを拡大した。結果、闇はどんどん追いやられた。
ホタルは逆である。灯りを嫌い、闇の世界で活き活きと舞う。
なんだか、消えたホタルが闇の象徴のように思えてきた。
しかし、である。なぜに俺たちは、こうまでして闇を恐れるのだろう?
やはりホタルを探したい。そして闇を考えてみたい。だが、乱舞の時季は逸している。まあその時は、逆さ蛍の俺が闇で不気味に輝けばいいか。
俺は、ホタルの棲む闇を求めて旅に出た。
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