「ひとりぼっち」は寂しいのか?
なんでもやってみる母さんの記事で、工藤勇一校長の存在を知りました。
麹町中学校で、校則と定期テストを廃止された方とのこと。
「えーどんな方だろう?」
と興味がわき、紹介されていた本とは異なりますが
こちらの本を読んでみました。
日本の学校にいまだにある、古〜い固定観念についてなど、興味深い内容が盛り沢山。
書きたいことたくさんあるんですが、
特に「日本独特の同質性」という話が印象的だったので、ちらっと紹介。
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たとえば、給食の時間。
・クラス代表の子が「いただきます」と言ったあと、全員で「いただきます」復唱する行為
→他国の人から見ると、軍隊のように見える。
・小学校で、班ごとに机を突き合わせて食べる行為
→自由がないのでは?
という話。
工藤校長が教員生活をスタートしたのは山形県。
そこではみんなが自由に食べており、一人で食べようがグループで食べようが、自由だったと。
みなさんの小学校時代は、どうでしたか?
私は、当然のように班になって食べており、当時は何の疑問も抱きませんでした。
でも改めて考えてみると…
誰もがみんなと一緒に食べたいと思っている、とは限りませんよね。
ただ、工藤校長いわく
教員の発想として
「ひとりぼっちで食べている子がいたら、寂しい」
という悪平等な考え方があると。
でも、一人で食べたい子もいるはずだと。
確かに、自分ごととして考えてみると
会社で「決まったグループで毎日昼ご飯を食べろ」と言われたら、私はイヤです。
基本は一人で食べたいし、一人でやりたいことがあるので。
ただ、
給食のようにみんなで食べることが定着してしまうと、変更するのが難しくなる。
そもそも、変更しようと思う人が出てこない。
ゆえに、給食という空間が「世間」を強化するのでは?という話が書かれていました。
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学校といえば、小学校の時に通知表に書かれていた内容を、今でも覚えています。
「休み時間は、絵を描いて過ごすことが多いが、友だちと一緒に描いているので良い」
というような内容。
これって暗に
というメッセージが込められているのではと思い、今でもたまに思い出すんですよね(怖)
考えすぎなのかな?
別に、一人で絵を描いていてもいいじゃない。
何がダメなんだろう?
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他にも、工藤校長は
人は本来考えが違って当たり前。
だから、校則をなくしたりする過程で
「逆風もあって大変だったでしょう」
などと言われることが多いけど、その発言をすることじたいが同質性の表れでは?
とも仰っていて、深〜く頷きました。
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今はソロ活なんかも当然だし、集団行動を強制するのは、もはや時代に合ってないのかもしれません。
工藤校長の本、他にも読んでみようかなー。
なんでもやってみる母さん、素敵な記事をありがとうございました。