ヲシテの運命(さだめ)(仮)【第1部完結編】
第10話
姉のミホコに、試練を無事に終えたことを報告すると、大神神社まで迎えに来てくれた。
ミホコは、久志彦の顔をじっと見て、
「何となく、雰囲気が変わったような感じがするわね」
「そうかなあ、自分では、よくわからないけど」
もちろん、達成感はあったが、それが、外見にも現れているのか、久志彦には自覚がなかった。
「それで、モトアケ図は消えたの?」
ミホコは、ヲシテ文字が本当に消えるのかどうか、それが気になっていたようだ。
久志彦は、ミホコにそういわれて、思い出したように、着ていたシャツをめくり上げた。モトアケ図は、消えていなかった。ただ、中心の『アウワ』の三文字と、その周りにある『トホカミヱヒタメ』、さらに、その周りにある『アイフヘモヲスシ』は以前のままだったが、ミソフカミ(三十二神)と呼ばれる、外側の三十二文字は、内側のヲシテ文字よりも、うすくなっていた。久志彦は、うすくなった文字を、指でこすってみたが、消えなかった。
その様子を見ていたミホコは、
「試練を終えても、消えないじゃない。どういうことなの?」と、久志彦に詰め寄った。
「そういわれても、僕にもわからないよ」久志彦には、答えようがなかった。
久志彦は、丹生都比売神社に連れていってほしいと、ミホコに頼んだ。ミホコは、ヲシテ文字が消えないことを、ぶつくさと文句をいいながらも、運転してくれた。
「ねえ、丹生都比売神社の巫女さんが『ウタは歌うものですよ』といったのを覚えてる?」
久志彦が、運転しているミホコに尋ねた。
「さあ、そんなこと、いってたかしら?」
ミホコは、意外と、抜けているところがある。
「あれは、アワウタのことだと思う。ホツマツタヱにも、イサナギさんと、イサナミさんが、アワウタで言葉を教えたとあるから、きっと歌ったんだよ。だから、アワウタを覚えるというのは、暗記するんじゃなくて、歌えるようになることじゃないかな?」
「歌うって、どんな風に?」
「ホツマツタヱには、メロディや、リズムは書いてないから、わからないけど、五七調だから、和歌を詠むみたいな感じかなあ?」
「あーかーはーなーまー、いーきーひーにーみーうーくー、こんな感じ?」
「うーん、そんな一本調子じゃなくて、もう少し、歌らしくならない?」
「じゃあ、自分で歌ってみれば?」そういわれて、久志彦は、アワウタを何とか歌おうと、「あーかはなま、あかはなまー」と、何度か繰り返した。実際に声に出して歌ってみると、意外と難しいと思った。
平日の昼間の丹生都比売神社は、参拝する人も、神職の方も見当たらず、とても静かだった。久志彦は、あの巫女さんに会いたかったのだが、いないようだった。とりあえず、神様に三輪山での試練を終えたことを報告しようと、拝殿前で手を合わせた。
久志彦は、斎戒のときに覚えた祝詞を奏上した。拝殿の奥に見える社殿が、来たときよりも、少し華やいだような雰囲気になった気がした。久志彦は心地良さを感じながら、目を閉じて、三輪山の試練で経験したことを報告した。
目を開けると、拝殿内の舞台に、あの巫女さんがいて、神楽を舞っていた。久志彦と目が合うと、にこりと微笑んで、いつものように足音を立てずに、スーッと近くまでやってきた。
「穢れが祓われた今のうちに、久次岳と御影山にも、参拝してくださいね。それと、『竹の祓布』をちゃんと使ってくださいね」
「『竹の祓布』を使うって、どういうことですか?」
「あらっ、説明してなかったかしら? 要(い)らないものを祓う布ですから、お腹の辺りを『竹の祓布』で、拭き清めてください」
久志彦が、シャツをめくり上げて、『竹の祓布』でお腹の辺りを拭いてみると、うすくなっていたヲシテ文字が消えた。
「ただのお守りじゃなかったんですね。ありがとうございます」
巫女さんは、笑顔で応えてくれた。
「もう一つ、教えてください。『アワウタ』は、どんな風に歌えばいいですか?」
「『アワウタ』は「ア」で始まり、「ワ」で終わるウタです。「ア」は天の意味で、太陽や男性を表し、「ワ」は地の意味で、月や女性を表します。『アワウタ』は前半を男性が、後半を女性が歌うことで、天と地、太陽と月、男性と女性という、陰陽のエネルギーが調和するのです」
「『アワウタ』のメロディも、教えてもらえませんか?」
「あなたたちは、幼い頃に『アワウタ』をよく聞いていたはずですよ。しっかり思い出してください」
そういわれて、久志彦は、ミホコと顔を見合わせた。幼い頃の記憶はないが、二人が離れ離れになる前に、よく聞いていたということは、母が歌っていたのかもしれない。
久志彦は、幼い頃の記憶を思い出そうとしたが、やはり何も思い出せなかった。しかし、小さい頃に、ばあちゃんが久志彦のために、歌ってくれたのも『アワウタ』だったのかもしれない。久志彦は、ばあちゃんが歌っているのを思い出しながら、少しずつメロディを口ずさんでみた。
それを聞いていたミホコは、「なんとなく、聞き覚えがあるかもしれない」といって、一緒に口ずさみ始めた。二人で、何度も繰り返しているうちに、鼻歌レベルから、しっかりと歌えるようになってきた。
二人の様子を、黙って見守っていた巫女さんに、「いい感じになってきましたね。では、前半を男性が、後半を女性が歌ってみてください」といわれた。
二人は、拝殿前に並んで立って、まずは久志彦が歌い始めた。
「あ~か~は~な~ま~~ い~き~ひ~に~み~う~く~~
ふ~ぬ~む~え~け~~ へ~ね~め~お~こ~ほ~の~~」
久志彦が、ミホコに目で合図を送ると、ミホコは頷いて、続きを歌い始めた。
「も~と~ろ~そ~よ~~ を~て~れ~せ~ゑ~つ~る~~
す~ゆ~ん~ち~り~~ し~ゐ~た~ら~さ~や~わ~~」
ミホコが歌い終わると、拝殿内に風が巻き起こり、巫女さんがその風の中心で手を広げて、くるくると回りながら、美しく舞った。すると、緋袴(ひばかま)の巫女姿から、キラキラと輝く羽衣を身にまとった、美しい天女に姿を変え、拝殿の奥にある本殿の中に入っていくように、スーッと姿を消してしまった。
ミホコは自分が見た光景を信じられないのか、久志彦に「巫女さんは、どこに行ったの?」と不思議そうに聞いてきた。久志彦は、巫女さんの正体は、女神ではないかと予想していたので、驚かなかった。女神は、ホツマツタヱに『ワカヒメ』や、『ニフのカミ』として登場する、丹生都比売大神であると、久志彦は確信した。
久志彦は、直感的に、自分の体のヲシテ文字が変化したのを感じた。慌てて、シャツをめくり上げて、体の前面のモトアケ図を見た。消えずに残っているヲシテ文字のうち、一番外側の『アイフヘモヲスシ』の八文字がうすくなっていた。
『アイフヘモヲスシ』は、『アワウタ』を表すとされる。「あかはなま」の「ア」、「いきひにみうく」の「イ」、「ふぬむえけ」の「フ」、「へねめおこほの」の「ヘ」、「もとろそよ」の「モ」、「をてれせゑつる」の「ヲ」、「すゆんちり」の「ス」、「しゐたらさやわ」の「シ」と、『アワウタ』八句の頭韻(とういん)を並べたものが、『アイフヘモヲスシ』なのだ。
久志彦が、『アイフヘモヲスシ』の部分を、『竹の祓布』で拭くと、文字が消えた。ミホコは驚いたまま、立ち尽くしていた。久志彦が「シャツをめくって、腰の辺りを出してみて」というと、ミホコは「えっ、あっ、そういうことね」といって、背中のヲシテ文字の下の方が出るように、シャツをめくった。
久志彦が、『竹の祓布』で拭くと、予想通り、ヲシテ文字が消えた。「ちゃんと、消えたよ」とミホコに伝えると、「良かったあ」と安心したようだった。『アワウタ』は子守歌として、受け継いでいくようだ。
第1部完結編メッセージ
小説『ヲシテの運命(さだめ)(仮)』を、読んでいただきありがとうございます。第1部完結編の第11話は、有料記事にしています。試練の最後を、ぜひ見届けてください。
著者にとって、作品が購入されるのは、とても励みになります。今後の創作活動の応援の意味でも、ぜひご購入ください。
ここから先は
¥ 777
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?