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オリジナル小説

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主催・うさぎ小天狗のオリジナル小説を集めたマガジンです。不定期更新予定。
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記事一覧

黒衣の死神

黒衣の死神

 受話器を黒電話に戻すのとほぼ同時に、玄関の呼び鈴が鳴った。

「わたし、出ますね」

「やめろ!」

 あわてて廊下に飛びだした。

 キッチンから半身をのぞかせた、妻の愛らしい顔に、けげんそうな表情が浮かんでいた。

「洗い物、まだあるだろう」
 そう言いくるめた。

 調理は僕、あと片づけは彼女。
 それがあの喧嘩のあとの、二人の約束だった。

 彼女の視線を背中に感じながら、玄関に立ち、の

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「アイ・ソウト・オブ・ガン・アンド・マイ・デッドボディ・ビフォア」

「アイ・ソウト・オブ・ガン・アンド・マイ・デッドボディ・ビフォア」

 おれ。
 おれが、死んでいる。
 そう、おれだ。おれが死んでいる。おれの目の前で。脳天に風穴を開けられて、後頭部から中身を噴き出して、おれが死んでいる。――では、おれは? おれは誰だ?
 おれの手には銃。六連発の回転弾倉に空薬莢が一発分、あとは空。つまり、こういうことか。
 おれが、おれを殺した……?

 おれが倒れているのは――ややこしいな、死んでいる方のおれが倒れているのは小便器の前。つまり

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通訳 (その1)

通訳 (その1)

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     1

〈村〉ぜんたいが松明になったような、前夜祭の狂騒もおさまり、静まりかえった浜辺にうち寄せる波の音とともに、潮風に砕かれた雲が赤紫に染まりながらふき流されていくと、いよいよ〈まつり〉の日がやってきた。
 昨日まで見たような、厚くたれこめた灰色の雲が、じょじょに明るくなってくるという朝ではない。一年に一度きり、特別な、〈まつり〉の日の朝だ。そして、

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通訳 (その2)

通訳 (その2)

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     2

 宿では朝食が待っている。給仕をするのは、これまでの一週間と同様、〈村〉の女だ。彼女は宿の人間ではないが、宿で働いている。
 きみが宿の食堂のテーブルにつくと、彼女はこれまでどおり、厨房から、素焼きの容器をもってきた。中身も、これまでどおり、魚のすり身を、ピリッと辛く、とろみのあるスープに浮かせたものだ。きみも、また、この一週間で食べ慣れたこと

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通訳 (その3)

通訳 (その3)

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     3

 きみはサングラスをずらし、道の先の〈神殿〉を見る。
 首筋をじりじりと刺激してもいる、太陽の光を受けて、黒く輝く巨大な構造体。これこそ、この〈村〉の中心だ。きみの機械の方の目が、映像素子の受け取る像を、光学的に拡大する。〈村〉に来てからの一週間、なんども観察してたが、今日は太陽光のおかげか、〈まつり〉の本番だからか、いちだんとよく見える。

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通訳 (その4)

通訳 (その4)

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     4

 素焼きの破片を踏んで、きみは〈神殿〉の周りを歩く。
 柵の内側には、石槍を手にした〈醜男〉たちが等間隔に立っていて、柵を乗り越えることはできない。しかし、見ることまで咎められはしない。

〈神殿〉はだいたい長方形をしていて、その半分が背後の森に隠れている。
〈本殿〉と呼ばれる部分だ。そこは、〈村〉でも限られたものしか入ることはできない、重要な

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通訳 (その5)

通訳 (その5)

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     5

 きみが再び〈通訳〉と接続したのは、〈鯛〉をたっぷり鳴かせたあとのことだ。
〈村〉の住人は基本的に音声会話をしないが、それは声が出せないからではなく、手でコミュニケーションをとる文化があるからだ。出そうと思えば、声は出せるのだろう。それと違って、〈巫女〉はほんとうに声が出せない。
 彼女たちは、声帯を切除され、代わりにスピーカーを埋めこまれてい

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通訳 (その6)

通訳 (その6)

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     6

〈巫女〉の館を出ると、打楽器と笛の音が聞こえてくる。
〈まつり〉が始まっている。きみは両手で〈通訳〉を抱え持ち、路地を駆ける。次第に近づいてくる打楽器の音に、近づいていく歩調が合う。
 きみの、サングラス越しの視界に、人の背中が映る。路地の終わりには、人だかりができている。きみも、その人だかりに混ざった。
 ちょうど〈鳥居〉の側だった。打楽器と

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通訳 (その7)

通訳 (その7)

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     7

 きみはいったん大通りを離れ、ひとけのない路地に出る。多少遠回りになっても、彼らより先に〈神殿〉についたほうがよい、と考えた。
 きみは周囲をすばやく見回して、だれからも注意を向けられていないことを確認してから、肩の〈クローク〉を展開して、身にまとう。
 少し考えて、〈通訳〉も〈クローク〉のなかに抱き込んだ。
〈クローク〉が起動すると、きみは光

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通訳 (その8)

通訳 (その8)

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     8

 ドン。打楽器が打ち鳴らされたのを最後に、辺りはしんと静まりかえった。
〈神官〉たちが〈神殿〉を振りかえり、頭を下げた。うちの一人が進みでて、ガウンの胸元から一巻の紙束を取りだした。するすると展開し、そして、朗々と読み上げ始めた。

Kashikomi kashikomi mousu.
Kono kandoko ni aogi-matsuru,

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通訳 (その9)

通訳 (その9)

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     9

 そう。
 あの〈通訳〉が、わたしだ。

 きみはただの箱だと思っただろう。きみの〈ささやき〉を受けとめ、上部パネルの動きに変換する、それだけの機械だと。
 そうではない。
 あのなかに、わたしはいた。

 わたしは、きみを監視していた。
 きみが〈ささやき〉を送るために接続しているあいだ、きみが寂しさのあまり、必要のない瞬間にも接続を維持して

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電車の中の物語

電車の中の物語

車両の扉が完全に閉まり、電車は走り出した。

まあいいや、次の駅で降りて、一駅分、歩いて戻ればいい。

そう決めて、浮かせかけた腰を、シートに戻した。

また、やっちゃったな。

顔を上げたときには、もう扉は閉まりかけていたのだ。

それくらい、集中して読んでいた。

短い物語だけど、なぜか引き込まれる。

読み始めたら止まらない、顔も上げられない。

電車が駅に着いたことも気がつかない。

こん

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「シンに方」――筒井康隆風『シン・ゴジラ』パロディ小説

「シンに方」――筒井康隆風『シン・ゴジラ』パロディ小説

 このお話は、映画『シン・ゴジラ』を筒井康隆風文体模写で書くとどうなるかという思考実験、文体模写、あるいはマッシュアップです。
 政治的な意見や思想はまったく含みませんが、映画『シン・ゴジラ』のネタバレを含みます。
 ネタバレ大丈夫だよ、という方のみ御覧ください。

 その日突然、ゴジラが東京にやってきた。

 ゴジラは黒光りする全身に傷跡を思わせる赤い裂け目をいくつも刻んだ巨大な生き物で、棍棒の

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