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通訳 (その3)


     3

 きみはサングラスをずらし、道の先の〈神殿〉を見る。
 首筋をじりじりと刺激してもいる、太陽の光を受けて、黒く輝く巨大な構造体。これこそ、この〈村〉の中心だ。きみの機械の方の目が、映像素子の受け取る像を、光学的に拡大する。〈村〉に来てからの一週間、なんども観察してたが、今日は太陽光のおかげか、〈まつり〉の本番だからか、いちだんとよく見える。

〈神殿〉は、一見、黒いかたまりに見えるが、実は小さなパネルを鱗のように貼りつけてある。普段は、木造の外皮で覆われて隠されている。〈村〉では、この木造の外皮を、〈まつり〉の前の一週間をかけて、定められた手順に従い、少しずつ剥ぎ取っていく。昨夜の前夜祭では、それが完了したことを祝う意味もあった。きみは、その手順を、つぶさに観察し、記録した。
〈まつり〉が終わると、同じように、一週間をかけて、木造の外皮を組みたて、また一年間、覆い隠すことも知った。

 昨日はすごかったな。
 きみの〈ささやき〉を、〈通訳〉は黙って聞いている。

 きみは、記憶素子から映像記録をひっぱり出してくる。

 次第に暗くなっていく灰色の雲の下、最後の柱が取りのぞかれると、黒い〈神殿〉の本体がむき出しになった。
 それを待っていたかのように、海から〈神殿〉へ続くまっすぐの大通りでは、通りに面した家々の軒先に、松明がかかげられた。人々は、テーブルと長椅子を持ち出して、料理やビールをならべると、手のあいたものからふらふらと歩きだし、他家のものに混じってふるまいを受けたり、あるいは他家のものをつれて戻り、家族の料理をふるまったりしていた。

 きみも家々のテーブルをふらふらと見て回り、料理やビールを、旅人の礼を失しないていどに味わった。袖を引かれ、強いて席につかせられ、食べるさまをじっと見つめられることもあった。
 どれもテーブルごとに、つまり家ごとに、少しずつ味が違った。
 この日のために家畜を潰し、じっくりと炙った肉があった。
 野菜を練りこんで焼いたパンがあった。
 素焼きの大皿にたっぷりもられた煮こみがあった。
 きみは、それらを腹いっぱい食べた。きみが礼の〈ささやき〉を託した〈通訳〉を差し出すと、それを触った人物は、自分の顔を両手で覆い、複雑な手指の動きを家族や友人にたいして示すのだった。

 映像記録に紐付けられた、音声記録も引っ張りだされた。

 地区ごとに編成された楽団が、打楽器を打ち鳴らし、笛を吹き鳴らす。
 人々は打楽器に合わせて足を踏み鳴らし、笛に合わせて腰をくねらせ、頭を振りながら、両どなりの人間と、手を繋いで会話する。それは、音声会話をしない〈村〉に一週間滞在して、きみが初めて見、耳にする、「喧騒」だった。

 映像記録のなかでは、〈醜男〉たちが、笛の音に合わせて踊りながら、大通りに〈鳥居〉を設置していった。それは、普段は日干し煉瓦の倉庫にしまわれている、小さな〈鳥居〉だ。
 たぶん、沖の〈鳥居〉の小型版だろう、と、きみは見当をつけている。
 黒い金属製の綱をより合わせ、環状にした〈鳥居〉は、今、太陽光を受けて、〈神殿〉のパネルと同じ黒い輝きを放ちながら、大通りを浜から〈神殿〉前の広場まで、等間隔に並んでいる。
 その一つの側を、今、きみは通り過ぎる。

〈鳥居〉のなかをくぐってはいけない、と言われている。
〈鳥居〉をくぐれるのは〈神〉だけだ。人間が通れば罰せられる。
 だから、外側を歩かねばならない。
 もし、〈鳥居〉のなかをくぐろうとすれば、両脇に控える〈醜男〉に止められるだろう。〈醜男〉は、じっと海の方を向いて、きみを見ているようには思えないが、せっかくの〈まつり〉を前に追い出されるようなことをすべきではない。

 だんだんと〈神殿〉に近づいていく。
 通りは静まり返っている。家々のなかで、人々が動く気配はするが、きみの目に見える人影は、〈鳥居〉を守る〈醜男〉だけだ。旅人も見かけない。きみの前をゆく、きみの影だけが揺れている。
 きみは孤独を感じる。
 異郷に独りでいるのだ、と思うと、誰かと〈ささやき〉を交わしたくなってくる。
 君が〈ボット〉だったらいいのにな。
 きみの〈ささやき〉は〈通訳〉に無視される。

 広場に出た。
 しんと静まり返った広場は、素焼きの破片が敷き詰められていて、踏みこむとじゃりじゃりと音を立てる。
〈神殿〉を取り囲む柵のところまで来たきみは、あらためて〈神殿〉を見上げる。黒いパネルがよく見える。

 集光パネルに似ているな。
 きみは〈ささやき〉を発する。
 故郷の〈都市〉にも集光パネルがあるんだ。何年かに一度、大嵐の通りすぎる前後、ぽっかりと太陽が顔をのぞかせるときがあって、そのときを狙って、集光パネルを地上に引き上げるんだ。もちろんそのとき得られる〈恩恵〉は大した量じゃない。でも、それでも、ないよりはましだ。だからそのときのために集光パネルは大切に大切に整備されているんだ。もしかして〈神殿〉は集光パネルで覆われているのかな。違う、それなら年に一度しか覆いを外されないのは効率が悪い。もっと違うものなんだ。でもそれが何だかわからない。
 きみの孤独な〈ささやき〉を、〈通訳〉は黙って聞いている。


つづく


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