通訳 (その4)
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素焼きの破片を踏んで、きみは〈神殿〉の周りを歩く。
柵の内側には、石槍を手にした〈醜男〉たちが等間隔に立っていて、柵を乗り越えることはできない。しかし、見ることまで咎められはしない。
〈神殿〉はだいたい長方形をしていて、その半分が背後の森に隠れている。
〈本殿〉と呼ばれる部分だ。そこは、〈村〉でも限られたものしか入ることはできない、重要な施設だと、きみは知っている。
どうやら、そこで〈電池〉に〈恩恵〉が施されるらしい。
〈村〉の外で、〈都市〉の旅団から渡された〈電池〉は、〈醜男〉たちによってここへ運びこまれ、なんらかの方法で〈恩恵〉を施され、返却される。
見返りは、〈都市〉が保有している太古の武器であったり、〈廃墟〉から持ち帰られた太古の素材であったりする。〈都市〉の産業は、この場では価値を持たない。〈都市〉が新たに生産するものは、〈村〉でも手に入るか、もっと質の良いものを作り出せるか、必要のないものばかりだから。
森の始まるところまで来ると、そこにも柵が作られ、〈醜男〉が立っている。〈醜男〉はコミュニケーションをとらない。彼らは〈神殿〉に仕えるもので、〈神殿〉のためにしか行動しない。したがって、ここから先へはどうあっても踏みこめない。それは、きみにもわかっている。
一週間の滞在で、きみは、この〈村〉を可能なかぎり調べつくしている。
きみは、ここから先へ踏みこむことができるとすれば、それは〈まつり〉のときしかない、と考えている。
きみはきびすを返して広場を後にした。
海から昇る太陽は、すでに水平線を離れていたが、宿の女が告げた〈まつり〉の始まる正午までには、まだ時間があった。
〈ボット〉がないと時間がわからない。不便だな。
そう〈ささやき〉を発しながら、きみは大通りを進み、あるところで脇道へ逸れた。大通りとほぼ垂直に交わる通りを進み、〈村〉と旅団逗留地区を隔てる川へと向かう。
そこには〈巫女の館〉があり、〈巫女〉たちがいる。時間を潰すには、宿に戻るよりよっぽどいい。
〈巫女の館〉は、潮風と年月によって黒く変色した木造二階建ての巨大な宿舎だ。一階が彼女たちの住居で、〈巫女〉以外の人間は入ることができない。一階の、倍の広さを持つ二階は、その半分が川にせり出している。なかには個室が連なっていて、そこで〈巫女〉と過ごすことができる。〈村〉からは、〈巫女の館〉の一階から、階段を使ってここへ上がる。川にせり出した二階の終わりが、川にかかる橋と接続されているので、旅団逗留区からも入ることができる。
〈巫女〉には、〈村〉を訪れる旅人や、旅団をもてなす役割がある。
きみはこの一週間で、二度、〈巫女〉を抱いた。一つには、それが旅人としてあたりまえの振る舞いだったからだ。それは〈都市〉からここまで来るあいだに、出会った旅人たちからなんども聞かされていた。〈巫女〉は抱くといい声で鳴く。それを聞くのが楽しみで〈村〉へ行くのだと言う年寄りがいた。
彼らがそうであるなら、きみもそうしなければならなかった。
きみは薄暗い〈巫女〉の宿舎に入る。ブーツを脱ぎ、店先からつづく、地面から一段高いフロアに上がったところで、案内の娘が出てきた。
〈通訳〉に〈ささやき〉を託すと、娘は〈通訳〉の上部パネルに触れ、きみを二階に案内する。ぎしぎしと鳴る階段は、木でできていて、建物同様、黒く変色している。きみは、これを素足であがることに、まだ抵抗がある。〈都市〉で素足になるのはベッドに横になるときだけだ。
窓のない部屋に通され、しばらく待っていた。隣の部屋からは、音が聞こえる。床板の軋む規則正しい音、時折〈巫女〉の〈喉〉が鳴る音。それは、灰色の薄暗い日々にふさわしい、もの憂げなものに思われた。
同じような雰囲気を、きみは〈あの世〉で味わったことがあるかもしれない。旧時代のヨーロッパ風建築の寝室で繰り広げられる、退廃的な秘め事。それを彩るのは、ラッパ型のスピーカーから流れる音楽。黒い円盤に刻まれた溝が奏でる、弦楽団の演奏。〈サイバー〉を介して感じられる、ひだの多い服を脱がす感覚の再現。そして、コルセットから開放してやった、白くつややかな肌の手触り。ひんやりとした午後の空気が、すこしずつ熱としめりけを帯びる。絡みあい、もつれあい、どろどろに溶けていく……開放感。
現実の〈都市〉生活では許可なく行えないために、かえって現実感のない行為。
きみは、〈都市〉にいては、〈あの世〉以外で異性と交わったことはなかったかもしれない。
〈巫女〉がやってきた。きみが〈通訳〉を介して指名したとおりの相手だった。名前は〈鯛〉。旧時代に存在していた、魚の名前だということは、記憶素子が覚えていた。
〈鯛〉は、白い洗いざらしのガウンを着ていた。〈巫女〉は〈村〉の女たちのような貫頭衣を着ない。
寝台に腰かけたきみの隣に座る。きみは、〈通訳〉を、首から下げているベルトを外し、床に置いた。
【つづく】