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別府杉乃井ホテルに泊まった(2025.02.23)
8年ぶりくらいにホテルを利用した。
8年もの間、家族が2人増えたり色々あって、私の実家に年に一度程度泊まる以外、外泊というのは全くなかった。
そこへ妻の姉が「皆で杉乃井に泊まりに行こう」と提案してくれ、しかも宿泊費のかなりの部分を負担してくれたので、今回めでたく杉乃井に行く事が出来た。感謝してもしきれない。今後妻の姉が住む東の方角には足を向けて眠れない。
杉乃井ホテルというのは80年程の歴史のある別府の老舗ホテルで、その施設は巨大で広大だ。ほとんどひとつの町を形成していると言っても過言ではない。どれだけの人と経済が動いているのか検討もつかない。そして杉乃井は我が家からすごく近く、車で5分くらいで行けてしまう。杉乃井は私たちにとってずっと近くて遠い存在だったのだ。
宿泊の当日は長女の生活発表会があったのだが、その事が霞んでしまうくらいに杉乃井ホテルの体験は皆の中に深く鮮明に刻まれたと思う。
私は今回の杉乃井行きに最初あまり気乗りしていなかったが、予定の日が近づいてくるにつれ、徐々に気持ちが盛り上がって行って、当日は年甲斐もなく興奮していた。でもそれは全員が同じ気持ちだった。
杉乃井は妻の職場のとんとそばにあって、が故に妻は杉乃井近辺の道に詳しく、最短距離で目的地に到着してみせた。そして妻の両親や姉妹家族と合流し、見上げた杉乃井ホテルは確かに巨大で、私たちの前に聳え立っていた。
チェックイン時、ロビーでわちゃわちゃする子供たち。従弟とも合流してテンションの高まりが青天井。無闇に鬼ごっこを始めたり展望テラスでグルグル回ったりとりとめがない。
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ちなみに、私たちが宿泊したのは杉乃井ホテルの「宙館」という、ちょうど1年前にオープンした棟で、当然まだ新しく、いたるところに別府由来の意匠が施されており、アート作品や竹細工も多く配置されている。
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チェックインを済ませ、各家族ごとの部屋へ行くと、大きな窓の外には大パノラマとも言うべき景色が広がっていた。素晴らしい景色であるとはいえ、すごく近所なので、見慣れているとも言えたが、我が家と違って視界を遮るものが何もなかった。
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夕飯前に温泉へ行った。「宙湯」と言って、屋上にあり、展望露天風呂もある。眺望がすばらしく、照明がだいぶ落とされていて、落ち着いた雰囲気で良い。特に露天風呂は冷たい風がビュービュー吹いていて、そんな中で浸かる温かい露天風呂は至福だった。
夕飯はビュッフェスタイルで、広大な会場に数えきれないくらいのメニューが配置されている。そして、特筆すべきが充実したアルコール類で、有名どころだと「獺祭」や「山崎」や「知多」などの日本酒やウイスキーが飲み放題。その他にもクラフトビールやスパークリングワイン、希少な焼酎などなんでもあって、私はそれを見た瞬間「夢みたいだ」と思わずつぶやいてしまった。
ビュッフェには和・洋・中華なんでもあった。そしてどれもが美味しかった。私はビュッフェ対策を一応考えていて、まず先に全体をきちんと見て、それから計画的に皿におかずを盛って行くという心づもりだった。
しかし計画は早い段階でとん挫した。私はただ単純に好きなものをガンガン盛るだけの無計画な馬鹿に成り下がっていた。そしてそれは妻も同様で、全体的に皿が茶色っぽく、野菜がまったくのっていなかった。
逆に、うちの長男(9歳)は野菜ばかり取っていた。誰の目を意識しているのか分からなかったが、普通に「ブロッコリー美味しい!」と叫んでいたので、案外本当に野菜が美味しかっただけなのかもしれない。そしてそんな長男は半纏を羽織ると酒蔵か醤油屋の若旦那にしか見えず、皆から「よっ若旦那」とからかわれていた。しかし長男はクールな表情を崩そうとしなかった。
ビュッフェで私はそれなりに食べて飲んだつもりだが、あまり酔う事はできなかった。話し相手がいなかったからかもしれない。ご飯も酒も美味しかったのに、残念な事だ。
部屋に帰ると、子供たちは疲れたのか、わりと早めに眠ってしまった。だから私と妻は交代でまた風呂に行った。とても良い時間を過ごした。
そして翌朝、5時半に起きてまた私は風呂に行った。今度は別の棟の屋上にある「棚湯」というやつ。
全然人が歩いていないホテル内はとても気持ちが良く、天井が高い空間にスリッパを引きずる音が響いていた。ロビーのカウンターには従業員さんが二人いて、寝ぐせのついた私が通ると、立ち上がって「おはようございます」と挨拶してくれた。私は起きてからまだ誰とも話していなかったから、声がうまく出なくて上手に挨拶を返すことができなかった。
棚湯の露天風呂から朝日が昇るのを眺めた。お湯の中に身を横たえて水平線を眺めると、風呂の水面と海の境界が溶けあって、自分が別府湾に浸かっているような感覚になる。湯はあまり熱くなくて、ずっと浸かっていられる。少しずつ太陽が昇って空が深い青に染まっていく。自分とそれ以外の境界が曖昧になっていくように感じる。
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最高だった。気分がボーっとしていた。だから髭を剃る時に顎を切ってしまって、なかなか血が止まらなくて困った。アメニティーのカミソリを扱う際は慎重にならなければならない。
朝食のビュッフェも最高だった。皆が食べ終わって次々に部屋に帰る中、妻と私だけが最後まで残ってフレンチトーストやら明太子ご飯やらを貪り食っていた。
私たちは杉乃井を堪能しつくした。チェックアウトした後もホテル内のゲームセンターやキッズパークやボーリングや卓球など遊び倒した。まるで何かの強迫観念に囚われた人間のように、体力の持つ限り限界まで遊んだ。
だから、ホテルを出て10分足らずで家に到着して、そこから始まる現実と日常に私たちは上手く馴染む事が出来なかった。現実や日常を受け入れがたい私たちは誰が何と言うわけでもなく、申し合わせたようにテレビを点けなかった。
冷蔵庫にはほとんど何も食材がなくて、私たちは冷凍餃子とご飯と味噌汁で簡単に夕飯を済ませた。長男が「日常は辛いね」と言うので、「だから日常を楽しくするために頑張るんだよ」と私は言った。白々しい事を言うなぁと自分でも思ったが、それはあながち間違いでもない。
また頑張って生きていこうと思う。