映画「君の膵臓をたべたい」 未完の共病文庫
「君の膵臓をたべたい」というメッセージをめぐる、恋人でも友達でもない二人の関係について、私なりの解釈を書こうと思います。
この作品に関する考察や感想を色々と読んだのですが、同じ視点の解釈は見つからなかったので、もしかしたら私の勘違いかもしれませんし、この作品を好きな方に不快な表現をしてしまうかもしれません。
ご了承のうえでお付き合いいただければ幸いです。
最初の「君の膵臓をたべたい」
「君の膵臓をたべたい」という特殊な表現が作中で何度か使われています。最初に使うのは桜良で、その意味は、健康な膵臓を取り入れることで病気の膵臓がよくなると思ったからでした。彼にはバカバカしいと一蹴されてしまいますが、それでも彼が膵臓について調べてくれていたことを知り、嬉しそうな顔をします。
そして、図書委員の彼以外立ち入り禁止の書庫に勝手に入り込み、自分の本『星の王子さま』を無理やり渡すのでした。
桜良には友達が多く、親友もいるクラスの人気者。一方、彼は誰とも関らず本ばかり読んでいる人。対照的な二人です。
「仲良し」君
図書委員に立候補し、正式に書庫に立ち入る権利を得た桜良は、残り少ない人生の手助けをさせてあげると彼に提案し、日曜日に待ち合わせをします。駅で待ち合わせた二人のやりとりが印象的でした。
「真面目に、これからどうするの?」
「未来って意味?わたしには持ち合わせがないよ」
「君さあ、そういう冗談を言ってさ、ぼくが困ると思わないわけ?」
「どうかな?でも君以外には言わないよ。普通クラスメートのこんな秘密を知ったら、動揺するし引くでしょ。なのに君は、全然平気な顔でいるじゃない」
「それは・・・一番辛いはずの当人が悲しい顔を見せないのに、他の誰かが代わりに泣くなんて、お門違いだから」
彼の平気な顔の理由に、桜良は一瞬、笑顔を忘れます。
そして二人はスイーツパラダイスへ向かいます。スイーツをたくさん食べる桜良と、コーヒーしか飲まない彼、ここでも二人は対照的です。桜良は彼の交友関係について質問しますが、彼には親友も友達も恋人もいません。
でも、一度だけ好きになった女の子はいました。
「何にでも“さん”をつける人。本屋さん、店員さん、漫画家さん、食べ物にまでジャガイモさんとかつけてさ、いや何か・・・僕にはそれが、いろんなものに敬意を忘れないってことだと思ったんだよね」
どんな人?と聞かれて答えた彼の理由が思っていたよりも素敵で、桜良はまた笑顔を忘れます。彼女は彼の皿に無理やりケーキを乗せますが、彼が食べるシーンはありませんでした。
その夜、桜良は彼に、「これからもずっと仲良くしてね」とメールをしました。
「そうか、“ぼくら”仲良くしてるのか・・・」
そう彼はつぶやくのですが、たぶん、仲を良くするのは彼のほうです。
そして、翌日から彼は「仲良し」君になります。それは、彼の内面が、桜良が思っていたよりよかったからだと思います。おそらくスイーツも食べられたのでしょう(笑)
彼女がほしいもの
「君は本当に死ぬの?」
そう問いかける彼に桜良は言います。
「死ぬよ。あと一年、持つかどうかって言われてる。君にしか話さないって決めたんだ。君はきっとただひとり、わたしに普通の毎日を与えてくれる人だから」
「お医者さんは真実しか与えてくれない。お父さんもお母さんも、日常を取り繕うのに必死になってる。恭子もきっと、知ったらそうなると思う。でも君だけはちがう」
桜良がほしいのは、真実でも、取り繕われた日常でもなく、普通の毎日です。しかし、そんな桜良に、自分は向き合おうとしてないだけだと彼は答えます。
真実か挑戦か
やりたいことリストを実行するため博多旅行に出かけた二人は、その夜、真実と挑戦ゲームをします。真実を選べば質問に答え、挑戦を選べば支持されたことを実行するというゲームです。描かれているやりとりからは、二人は「真実」ばかりを選択しているように感じます。最後のトランプ勝負、勝った桜良は先に質問と命令を提示します。
「挑戦なら、私をベッドまで運んで」
彼はようやく挑戦を選び、お姫様だっこで桜良を運びます。この場面、お姫様だっこをされているにもかかわらず、桜良は彼にほとんど触れていないのが印象的でした。そして最終戦、ジャンケンに勝った咲良は真実か挑戦かを聞きますが、彼はまた「真実」を選びます。
「わたしが、本当は死ぬのがめちゃくちゃ怖いって言ったら、どうする?」
「・・・・・・・・挑戦」
「ずるい・・・君もベッドで寝なさい」
この場面で桜良は、彼が質問を回避するために挑戦に切り替えたと思い非難しましたが、もしかしたら、どうするかという質問に対して挑戦するという意味の答えだったのかもしれません。しかし、質問を回避したと受けとった桜良は、翌日から、わたしが死んだら・・・という話をするようになります。
恋人じゃない男の子
「本でも見てて」
桜良の家に呼ばれた彼はそう言われて本棚を眺め、『星の王子さま』を手に取ります。隣の棚には、家族の写真がたくさん並んでいます。お茶を持ってきた桜良が隣に立ち、一枚の写真を伏せました。
それはまだ写真立てに入っていない桜良の誕生日の写真、たぶん18歳の誕生日。桜良の名前は、春に生まれた彼女にちなんで桜という字がつけられたのでしょう。そして、おそらく春樹も。
「君はわたしを彼女にする気はないよね?」
「ないよ。絶対ない」
「オッケー合格、死ぬまでにしたいこと最後のひとつ、恋人じゃない男の子といけないことをすること」
そう言って彼にハグをしますが、彼はその手をほどきます。気まずくなって冗談だと言う桜良を、彼は怒って押し倒してしまいます。
偶然じゃない
押し倒してしまったことを謝り、自分なんかが一緒にいていいのかと彼は桜良に問います。自分は偶然病院で君と会って流されてるだけだと言う彼に、桜良は違うと返します。
「違うよ、偶然じゃない。流されてもいない。わたしたちはみんな、自分で選んでここに来たの」
わたしたちは自分の意思で出会ったんだと桜良は答えます。
共病文庫を読む権利
「わたしは君をどう思ってると思う?」
「さあ、仲良しじゃないの?」
「ブー」
「じゃあどう思ってるの?」
「教えない!答えは共病文庫にでも書いておこっかな。わたしが死んだら読んでいいよ。君だけには、読む権利を与えます」
彼はもう桜良にとって仲良しではなくなっていました。そして、桜良が死んだら共病文庫を読む権利を与える、と約束します。
一回勝負の真実か挑戦
ある夜、彼が膵臓の病気に関する本を読んでいると、突然携帯が鳴りました。様子のおかしい桜良の電話に心配になった彼は、真夜中の病室に忍び込みます。そんな彼に、桜良は一回勝負で真実か挑戦ゲームを挑みます。
聞きたいことがあるならストレートに聞けばいいという彼に、それはとても勇気がいることだから運にゆだねるのだと桜良は言います。結果は桜良が負けてしまい、彼女は真実を選びます。
「君にとって僕は・・・・」
そう言いかけて、彼は質問を変えます。
「君にとって、生きるってどう言うこと?」
「誰かと心を通わせること、かな」
彼女にとって生きるとは、良いところも悪いところも、正反対の感情も全部ひっくるめた人との関わりそのものであり、そうして誰かと共有する痕跡が、彼女が生きている証明です。
「君がくれる日常が、わたしにとっての“宝物”なんだ」
そう言って彼の肩に頭をのせ、桜良は涙を浮かべます。
果たされない約束
「まだ死なないよね」
「わたしに生きててほしいの?」
「とても」
これまでお門違いな態度に気をつけていた彼に少しづつ変化が訪れます。
でも、彼に抱きつく桜良を抱きしめ返すことは、まだできません。代わりに、退院したら旅行に行こうと約束します。
しかし、二人が交わした約束は、結局果たされることはありませんでした。桜良は、作中で何度も登場する、Y字の橋の上で、通り魔に刺されてしまいました。
未完の共病文庫
共病文庫は途中で終わってしまっていました。桜良が共病文庫に書くと言っていた、彼のことをどう思っているのかの答えは、そこには記されてはいませんでした。
図書委員の相方がいなくなったことで、彼はそれまで完璧にやっていた本の分類の仕事を投げ出してしまいます。しかし、彼が投げ出してしまったその仕事の中にこそ、共病文庫の続きが隠されていたのです。
『星の王子さま』と一緒に隠されていた手紙こそが、彼のことをどう思っているかが書かれた、共病文庫の続きでした。手紙には、最後にした真実と挑戦ゲームで聞きたかったことや、春樹のことをどう思っているかが記されていました。
春樹は一度も桜良の名前を呼びませんでした。その理由を、桜良は、いずれ失うとわかっている彼女を友達や恋人や特別な誰かにしたくないからだと書いています。しかし私は、本当はその逆で、特別な誰かにする覚悟ができるまで、桜良を名前で呼んだり、抱きしめたりしないようにしていたのではないかと思います。
病気を共にする覚悟がないのに特別な存在にしたい、なりたいなんてお門違いだ。春樹はそう思っていたのではないでしょうか。
桜良の手紙と春樹のメール、最後に二人が相手に伝えた思いは、お互いに「君になりたい」と「君の膵臓をたべたい」でした。
「君の膵臓をたべたい」と共病文庫
では、最後に二人が伝えたかった「君の膵臓をたべたい」というメッセージは何を意味していたのでしょうか。
それは、「君と生きたい」と「君の病気を共有したい」なのではないかと私は思います。
人生と病気を半分ずつ共有すること。そうして共病文庫は、本当の意味で病を共にする物語として完成したのではないかと思います。
桜良が共病文庫の続きを手紙というかたちにしたのは、春樹が共病文庫を読むことができるのは、彼女が死んでからだと約束してしまったからなのではないしょうか。
そして、自分が死ぬまでに春樹が宝探しに気付き、“宝物”を見つけてくれるかもしれない運に委ねて、手紙を隠したのだと思います。
桜良にとっての“宝物”は何かというと、春樹がくれる日常です。
では、人生と病気を共有するとはどういうことでしょうか。
それは、膵臓の移植です。
膵臓は、膵臓の半分を提供するという生体移植が可能な臓器で、ドナーになることができるのは、血縁者か「配偶者」です。以下のサイトで解説されていますが、血液型不適合の夫婦間でも移植が可能だと書かれています。
http://www.asas.or.jp/jst/general/qa/all/qa2.php
桜良と春樹は、共病文庫の最後の日付の2005年6月の時点でおそらく18歳の誕生日を迎えているので、「基準を満たす」ことは可能だと思います。そして、糖尿病患者は臓器提供はできないのですが、春樹はスイパラに行ったりラーメンを食べたりしていたのでこの点も大丈夫だと思われます。
桜良が最初に「君の膵臓をたべたい」と言ったとき、その理由は“健康な膵臓を取り入れることで病気が治る”からで、最初に春樹を仲良し君と呼んだのは、中(内臓)が良い(健康)からだったのではないでしょうか(笑)
はじめのうちは、桜良はよく「モツだモツだ、もーらい」と冗談を言ったり、春樹の膵臓を狙うような素振りをしていました。
でもそれははじめのうちだけで、二人は一緒にいるうちに本当にお互いを大切に思うようになっていきます。それは、友達でも親友でも恋人でもなく、もっと特別な関係です。
作中で、二人の関係は友達でも親友でも恋人でもないと確認する場面が何度もありました。
桜良が恋人ではない男の子と一緒に旅行をしたり、同じベッドで寝たり、いけないことをしようとしたのも、春樹が頑なにそれを受け入れないのも、その特別な関係に必要な、対照的な二人の対照的な覚悟の現れなのだと思います。
しかし同時に、二人はお互いに影響も与え合います。
春樹は桜良から人と関わる強さを学び、桜良は春樹から人を巻き込まない強さを学びます。
その結果、徐々に桜良の病気と関わろうとする春樹とは対照的に、はじめは膵臓を欲しがる素振りを見せていた桜良は、徐々に病気を受け入れ、自分の死後の周りの人について考えるようになっていきます。
では、果たして本当に共に生きる未来は示唆されているのでしょうか。
ここで、作中に何度も登場するシンボリックな橋に目を向けて見ましょう。橋はY字型になっていて、ふたつの方向からきた道が途中からひとつに重なるようになっています。
最後に二人がお互いを想う場面では、桜咲く橋の分岐点で少し離れて一緒に本を読む様子が描かれています。共病文庫を読んだ後、12年後の春樹が桜良ことを想うのもこの橋の分岐点、また、桜良が亡くなるのも、この橋の分岐点でした。
桜良がいなくなってしまったことで、橋の続きは一本になってしまいました。
私は、もし桜良が通り魔に遭遇せず橋を渡りきり、春樹ともう一度旅行に行っていたなら、二人の道は重なっていたのではないかと思います。
もし桜良を失わなければ、春樹は図書委員の仕事も投げ出さず、手紙を見つけ、お互いを名前で呼び合い、「桜良」と「春樹」、同じ木を表す二人の名前が重なって、毎年咲く満開の桜を一緒に眺める関係になっていたのではないでしょうか。
どうせ残り少ない余命なのに通り魔を登場させる必要はあったのか、おそらく多くの方がそう思われたのではないかと思います。
それはたぶん、そこで途切れなければ、二人の人生は続いていたから。
病気は二人を隔てるためではなく、二人を繋ぐために設定されていた。
そうであってほしいと、二人にはそういう選択をしていてほしいと、私は思います。
最後に、作中に何度も登場する『星の王子さま』についての解釈も加えておきます。
『星の王子さま』は作者のサン・テグジュペリが王子さまとの別れを経験してから6年が経ち、少し悲しみがやわらいで(でも消えはしない)から書かれたということになっています。
別れは王子さまが決断したことであり、王子さまは作者が悲しまないよういろんなことを伝えて去っていきます。それでも、どんなにポジティブなメッセージを伝えても、大切な人との別れは残されたものに長く続く悲しみを与えます。その悲しみが、大人になった春樹や恭子の描写として表現されているのだと思います。
そして、もうひとつ。『星の王子さま』と繋がる大切なテーマは「誰かにとって特別な存在になってしまったら、その相手に対して責任が発生する」です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もう一度この映画を観たいと思っていただけたなら幸いです。