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『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』を読んで
『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』福永武彦(訳)、町田康(訳)、伊藤比呂美(訳) 2015.9.11 発行 河出書房新社
内容
人間のユーモアと機知とエロスに満ちた野蛮な魅力そのものが生き生きと語られる、「瘤取り爺」の原話等古来よりの説話100余篇を収録。「日本霊異記」「宇治拾遺物語」「発心集」は新訳で。
説話文学は仏教を説きながら、実は人間のふるまいの放縦を語る。教義からの野放図な逸脱はむしろ哄笑を誘うだろう。(池澤夏樹)
説話とは、昔話・笑い話など、人々の間で伝えられてきた話を集めたものです。叙情的表現や心理描写を切り捨てた、客観的・写実的な文体で描かれます。
・仏教説話
仏教に関する話を集めたもので、仏のありがたさや出家の意義を説いています。『日本霊異記』『発心集』など。
・世俗説話
不思議な話や庶民の生活に関する話を集めたもの。『十訓抄』『古今著聞集』など。
仏教説話には、「仏のありがたさ」といった教訓が含まれます。一方、世俗説話にはとくに教訓はなく、単なる笑い話にすぎないようなものもあります。
※『今昔物語集』『宇治拾遺物語』は、仏教説話と世俗説話の両方を含みます。
説話は、一般に文が短く心理描写も少ないので、他のジャンルに比べて読みやすいと言われています。また、オチのあるような笑い話も多いですが、基本的には作者がある「教訓」を伝えるために書かれたものです。
『日本霊異記』
作者は景戒。上・中・下の三巻に分かれており、百十六話が収められています。善行と悪行についての「現報」を語る話を集めたもので、特に因果応報に関する話を集めた日本最古の仏教説話集。後の説話文学の源流となった作品です。また、仏教が民間に流布していった上代の世態や人情・風俗・生活などを知る上での貴重な資料ともなっています。
本書では、序文と二十二話分が収められています。官能的で、奇怪で、不気味な内容でした。
『今昔物語』
「今は昔」の書き出しで始まる千余話を収録した説話集。内容的に仏教説話と世俗説話に大きく分類でき、天竺(インド)・震旦(中国)・本朝(日本)の三部に分かれています。
本書では、二十四話分が収められています。庶民・武士・僧などそれぞれの環境におけるリアルをいきいきと写し取っています。これをきっかけに『今昔物語集』を読んでみたいと思いました。
『宇治拾遺物語』
今昔物語集と並ぶ、説話集の代表的な作品。しかし、全体として教訓性・啓蒙性が弱く、笑いや諧謔にまつわる話が多くなっています。
本書では、序文と三十三話文が収められています。訳は『日本霊異記』、『今昔物語』とは違い、かなりくだけています。独特の話が多く、とにかく話がぶっとんでいる印象を受けました。
『発心集』
仏教説話集。作者は鴨長明。発心遁世の難しさ、愛欲の恐ろしさなどを説いています。
本書では、序文と二十六話文が収められています。どうにもできないことの心の動き、人間の内面が描かれています。読み返すとまた違った感想になる話が多かったです。
印象に残った文章
この世を厭うたか。この世を離れようと思ったか。
他人事だと考えたか。自分だけはこんな目には遭うまいと考えたか。
人の身ははかなく、破れやすい。この世は苦だらけ。危険な目に遭うのはわかっていても、海山を通らずにはいられない。海賊が恐ろしくしても、宝を捨ててばかりではいられない。
ましてやこの世。生きて、働いて、罪を作る。妻子のために、身を滅ぼす。難に遭うこと、数知れず。難の原因も万とある。そんな中で苦しまずに済む方法はただ一つ、悟りの国に往って生まれることだけだ。
説話で、ありとあらゆる人間を表現していると思いました。
ここまでお読みいただきありがとうございました。また次の記事でお会いできたらと思います。