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【読書感想文】動物愛護と社会福祉との交差点について考える?


ちょっとハード

今回も私の積読ゾーンに鎮座していた中から、ナカニシヤ出版から2022年刊行の「動物問題と社会福祉政策 多頭飼育問題を深く考える」を取り上げます。

著者は打越綾子氏。

打越氏は成城大学法学部教授で、環境省の「社会福祉施策と連携した多頭飼育対策に関する検討会」の座長をつとめた方です。

本書は、環境省が令和3年に発行した「多頭飼育対策ガイドライン」の策定の背景について、打越氏が行った成城大学で行った社会人オンライン講座の内容を文章化したものです。

ちなみにガイドラインはこちらです↓

多頭飼育の何が問題?

まず、多頭飼育の問題ですが、直射日光様が鋭く指摘しているとおり↓

無責任な動物の飼育…それによって迷惑を被るのは動物だ。この話には納得だと思います。

もちろん動物の問題でもあるのですが、ガイドライン策定に当たり、

①悪臭や害虫などの近隣の生活環境に好ましくない問題が発生しており、

②飼い主の生活を見ても社会的孤立や経済的困窮、セルフネグレクトや時には精神疾患などの課題があり、

③飼育されている犬や猫も皮膚炎や感染症・栄養不足等で健康状態が芳しくない状態

※犬や猫は、本書では家庭で飼育されている動物の意(山田(仮名)追記)

本書3ページより

の複合問題を捉えています。

ここから、どのように論点整理をしつつ、してガイドラインという「成果物」になったかが述べられています。

気になる話

そんな中、私が本書を読んで、気になったのは3点ありました。

人材、特に公務員獣医師の確保

地方公務員として採用された獣医師ですが、自治体によって方針は異なるでしょうが、

  • 動物愛護・狂犬病予防

  • 食品衛生検査(と畜検査員など)

  • 食品衛生監視(食品衛生監視員)

などの業務に従事します。

どの分野も重要な業務ではありますが、動物愛護行政に関してはやや毛色が異なります。

というのも、動物愛護行政は、

社会全般に対する動物愛護の普及啓発
飼い主の適正飼養の普及啓発
動物取扱業者の監視指導や新規登録
動物の虐待・ネグレクトによる周辺環境悪化への対処
所有者不明の犬猫の引き取り
新しい飼い主への譲渡

本書32ページ

と多岐にわたります。しかし、規制行政や振興行政と大きく異なるのは多頭飼育崩壊に代表される

近隣トラブル
業者による事件

の後始末です。

実態は規制行政とサービス行政の合わせ技みたいな感じです。

後始末に、定型化されたマニュアルは存在しません。飼い主、地域住民、福祉関係者、警察などと多様な人々とのコミュニケーションによって解決していくこととなります。ただし、実際の合意形成が極めて難しいのは言うまでもありません。

加えて、一般住民や一部の熱心な動物ボランティアの方からすると、行政職員の働きが悪いと感じる場面をあるでしょう。しかし、獣医師に限らず公務員は多岐にわたる業務の一部として、近隣トラブルや業者による事件の後始末を職務として遂行しています。端的にいえば、リソースがない中での業務になります。

本書では、かなりやんわり記述されていますが、

公務員は、ワークライフバランスを無視してもっと働け

というカスハラに近い圧力は、動物愛護行政に限らず、公務員へのマイナスイメージをつけてしまいます。

その結果として、動物愛護行政に必要な公務員獣医師の志望者の減少となり、行政サービス低下の一因になるかなと思いました。

参考として、中日新聞社説(R6.9.7)を引用します↓

公務員へのカスハラについては、七年の海様が興味深い記事を掲載しています↓

また、参考として、Miyazaki_FT様が宮崎県の獣医師確保(初任給の上乗せ)の話を引用します↓

動物愛護と社会福祉の接点の作り方

多頭飼育の問題は、今まで動物愛護行政の一環として進められており、対応する現場の職員のほとんどが公務員獣医師です。

もちろん、悪質な動物取扱業者に対する対処というのは当然ながら必要なことです。

しかし、一般の飼い主、特に本人の生活再建がままならない人に、金がかかる避妊去勢の手術費用の話をするのは、動物愛護行政の役割とは若干離れているように感じます。この場合、まずは、避妊去勢の話よりも前に、生活再建を真剣に考えるべきだと、私は考えます。

また、多頭飼育問題の解決には、動物ボランティアのによる飼い主の譲渡あっせんなどの活動が非常に大きな力を発揮しています。一方で、飼い主から無理やり動物を引き離す行為は、地域、行政の関係構築に火種を残すことになりえます(≒新たな問題の火種、社会的孤立)。

その問題解決に当たり、打越氏がファシリティターとして参加した長野県健康福祉部で行った勉強会が事例として示されています。

勉強会では、

多頭飼育をしている要支援者

保健師ケースワーカー獣医師がどうみているのか? から議論がスタートしました。

最終的には、勉強会を通じて、立場の違いを理解し、具体な連携の視点や提案が出てきたとのことです。この視点や提案が、のちにガイドラインとして身を結びます。

打越氏のファシリテーションも素晴らしいですが、本書でも述べられているようにら当時の長野県健康福祉部長のリーダーシップと合同勉強会をセッティングした行政職員たちには、頭が下がる思いです。

共通認識に引き上げるまでの道筋

本書では、長野県での合同勉強会を皮切りに、

  1. 全国動物管理事業所協議会での提案(問題の因数分解)

  2. 国レベルでの議論の積み重ね

を通じ、ガイドラインの策定までの経過が示されています。

課題を整理していき、最終的には環境省と厚生労働省による国会答弁につながりました。

多頭飼育問題の中の一つである

生活を見ても社会的孤立や経済的困窮、セルフネグレクトや時には精神疾患などの課題をもつ飼い主がいる

という共通認識が育まれるまでのプロセス、結果として省庁の壁を超えて実現した過程。

ここを読み解いていくと、現在も取り残されている種々の社会問題の解決の一助になり得るだろうと考えます。

コロナ禍でのガイドライン執筆作業

加えて、ガイドラインの策定にあたり、環境省の事務局(環境省動物愛護推進室)、さらには厚生労働省の担当者に対しても、打越氏は賛辞を惜しみません。

公務員の必然であるプロジェクト途中での人事異動、そしてコロナ禍による膝詰め会議が不能…。

そんな中でも、事務局が新メンバーに変わったとき、打越氏は4時間30分も打ち合わせを行いました。それに応える方で、新メンバーは、コロナ禍で他の委員と対面での会合ができないなか、粘り強く修正作業を行い、ガイドライン作成を形にしていきました。

本来であれば、国のガイドライン策定の検討会において、事務局は黒子であり、日の目を見ることはあまりないです。

しかし、打越氏はそこにも"正しく"光を当て、評価をしている点に、同氏の動物愛護派の公共政策学者としての誠実さを垣間見える気がします。

新しい公共政策が始まるまで

次から次へと社会問題が顕在化してくる中、少しでも前に進めるためには、

問題をどう捉えて
関係者間でその問題を共有し
それぞれの得意分野の集合体として取り組むか

が重要で、本書のような"人間臭い"解説本は大変参考になると考えます。

本書では、ガイドラインの解説の要素もあるので、動物愛護や社会保障に関する概要的なものも含まれています。その部分だけ一読するとと無味乾燥なものかもしれません。

しかし、本書のキモはそこではなく、多くの人が関わることで、

想いが公共政策に昇華する

そんなプロセスを体感できる、一冊だと思います。

惜しむらくは、動物愛護週間(9/20から9/26まで)の前に読了して、記事にしたかったのですが。

動物愛護週間については、にゃごみ様の記事をご参照ください↓

(了)

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山田太朗(仮名)
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