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家出をしよう

役に立たない空想を燃料にして
汽車が夜の町を走り出す
通り雨のあと
ぼやけた月のあいだから
夏よりも涼しい風が吹いた

家出をしよう
優しいことばを取り戻す旅に出よう
頭の中で描いた瑞々しいイメージと
口を突くことばに
どうしようもないほど落差を感じたら
それは家出の頃合い
こころとからだをいちど外し
オーバーホールする
丁寧にさびを拭き取り
油を差し 新鮮な風に身を当てる
経年劣化した部品を取り換える
行き先はジュンク堂の背表紙で決めて
コーヒーだけ買って
最低限の荷物で 5分後の汽車に乗ろう

無駄なものが たまらなく好き
複数の機能よりも
たったひとつの目的のために
動く機械が好き
最近は役に立つことばかり詰め込みすぎた
馬鹿にされるのが怖くて
頭の良いふりをしてた
はじめから何も持っていなかったのだと
だれもわたしを損なえやしないと
そんなだいじなことを
何度見失い 頭の言いなりになるのだろう

役に立たない空想を燃料にして
汽車が夜の町を走り出す
わたしは揺れる車中で息を吹き返す
余りにもゆっくりだから
他人からはきっと
死んでいるように見えるだろう

手のひらに流れる
血の温かみを感じ取るには
もっと時間が要る
器官を閉じて
単機能の機械になる



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