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谷古宇 時生
2019年9月23日 20:26
湯沢茜は、時々、素の自分とVtuber「木南アカ」の境界線が分からなくなることがあった。 都内のマンションの一室。スタジオ、といってしまえば格好がつくが、それは自宅の寝室を防音仕様にした簡易な作りだった。事務所の人からはもっと広くて、撮影に専念できるような物件に引っ越したら、なんて言われているけど、やっぱり今の場所が落ち着くし、裸一貫で金を稼いでいる感じが心地良くて、アカウントを作った5年
2019年9月16日 22:23
目の見えない暗闇の中でも、羊水に浸かったままでも、母の身に危機が迫っていることは直感で分かった。渋滞による寝不足のためだろう。居眠り運転の中型トラックがスピードを出したまま横断歩道に近づいてくる気配がした。父と母はゆっくりと横断歩道を渡ろうとしている。名も無き胎児は、頭を抱えるようにして、ぐっと身体に力を込める。間に合え。間に合え。ポコポコ ぐにゅー とんとん ぷく
2019年9月16日 20:00
本当に大切なことは口にするべきではない。言葉や文章にするべきではない。自分の中の誰にも触れられないところにきちんと畳み込み、それを生きる糧にしていくべきだ。どうしても押しつぶされそうな夜にこころの拠りどころにするべきだ。そんなことは知っている。けれど、過去と現在と未来がぐちゃぐちゃに混ざり合い、自分の力ではどうしようもないほど多くの意味と解釈を持ってしまったとき、僕は何をすればいいだろう。
2019年9月11日 00:04
僕はもう二十九歳で大人になってしまったけれど、いまでもときどき学生時代のことを思い出す。十八歳。すべてのものごとが非生産的な方向に向かっていた時代。僕は大学に通いながら週に二回、予備校でアルバイトをしていた。そこでの仕事は、一言で言ってしまえば雑用のようなものだった。授業前の黒板の清掃、塾内便の記録用紙のファイリング、模試の申込受付、その他職員がやるに及ばない細かな仕事は何でもした。慣
2019年9月9日 18:47
”銅像”に呼び止められるとは思ってもみなかった。12月。クリスマス。吐く息は白い。亜熱帯の香港にだってちゃんと冬はあるのだ。29歳を迎えたその年、トレーニーに応募し春から1年の期限付きで現法の人事部で働いていた。尖沙咀の人材紹介会社に行った帰り道、女人街を抜け旺角站へ向かう途中。僕は呼び止められた。「喂(wai)、日本人(yat bun yan)」大道芸人だろう。全身銀色の
2019年9月5日 23:05
夕刻。ホテルのラウンジには西日が注いでいた。奥のテーブルに、一組の男女が、向かい合って座っている。「お時間頂きありがとうございます」「あなたが佐伯さん?てっきり男だと思ってましたよ」 男が鞄を脇に下ろし、手帳とペンをテーブルの上に置いた。女は答えなかったが、男に向かって微笑み、手元の書類を一瞥した。「エージェントの佐伯です。事前に職務経歴書を送って頂きありがとうございました」「いえ