- 運営しているクリエイター
記事一覧
『或る集落の●』「べらの社」試し読み①
【一】
庭のすぐ横を流れる小川は、燃えるような空の色を映して、橙色に輝いていた。
稲田へと続くこの水路は大昔に、村に暮らした人々の手によって引かれたものだという。ここから見ると、高く伸びた稲の葉はまるで、光沢のある絨毯のようだ。
そこに織り込まれた模様みたいな、真っ直ぐのあぜ道。田んぼの向こう、なだらかな稜線に突き立つ、送電線の鉄塔。
暮れていく日に染められた集落は、胸を抉(えぐ)るほどに美しか
『ある集落の●』「べらの社」試し読み②
【二】
伯父の言葉の意味は、その時の私にはよく分かっていなかった。ただ、世話になっている伯父が申し訳なさそうに頭を垂れている姿に居心地の悪さを覚え、とりあえずは話を切り上げて、日の高いうちに姉の元に行ってみようと思った。
べらの社のあるお山には、子供の頃に何度か行ったことがある。山道は曲がりくねっていても一本道で迷うことはない。
案内を断って、私は一人、お山へ向かった。
きれいな円錐の形を
『或る集落の●』「べらの社」試し読み③
【三】
「お姉ちゃん、お昼ご飯の時間だよ」
物置の戸をしっかりと後ろ手に閉めると、私は床に敷かれた布団の上で大の字になっている姉に声をかけた。
姉の左足首は伯父の家にあった背負子(しょいこ)から外した革ベルトで、物置の柱に繋がれている。
傷にならないようにガーゼを巻いてその上から締めてあるが、そろそろ足を交換した方がいいだろう。右足首についたベルトの痣は、もう大分薄くなっていた。
姉
『或る集落の●』「べらの社」試し読み④
【四】
口寄せめいた言葉のあと呆けたように座り込んでしまった姉を放り置いて、私は伯父を助け起こした。
逃げるように物置の外に出て、外からダイヤル式の大きな南京錠をしっかり掛ける。
伯父は腰をさすりながらも、自分の足で歩いた。幸い、大きな怪我はなさそうだった。
「佐藤さんさ、知らせねば」
伯父は母屋へ戻ると、青ざめた顔でどこかに電話をかけ、車で出かけていった。
取り残された私に、伯母が
『或る集落の●』「べらの社」試し読み⑤
【五】
夕暮れの田んぼ道を、水路に沿って、庄屋屋敷に向かって歩く。
ぬるい風が頬を撫でた。
空高くから聞こえる烏の声と、田んぼに響くころころという蛙の声。
微かな水の流れる音。乾いた地面に靴底がすれる音以外、何も聞こえなかった。
昼前にヘリコプターが休耕地に降り立った際には多くの人が様子を見に集まっていたが、この時間に外を歩いている人間はおらず、今度も 誰にも会わずに屋敷へたどり着