「14億分の10憶」のリアル『中国農村の現在』田原史起
読む前から、間違いなく田原先生の本なら面白いだろうなと期待させられる本。そして、実際隅から隅まで面白かったです。タイトルは、シンプルですが、サブタイトルは習近平を書いた、こちらの本を意識したものですね。
田原先生が中国関係の仕事を初めた頃、中国は8割が農民人口だと言われた発展途上国。今では都市化率60%以上とも言われますが、都会に住んでいても実家や戸籍が農村にある人は70%くらいでざっと10憶人。そんなわけで、中国を知るには農村社会を知ることは重要。
都会はそれなりに、どの国でも似たところがあるけれど、農村とか田舎だと国や地域によって全然違うので、人間関係とか親戚づきあいなんかを知ると、中国ドラマを見る人にも解像度があがっておすすめです。
さて、都会に比べると、中国に限らず農村はネガティブなイメージがつきまといます。男尊女卑、封建的、地縁血縁の縛りがきつい、地方役人の汚職などなど。もちろん、そういう問題はあるけれど(というか、中国に限らずどの国にもあるし、なんなら都会にもある)、実際にどういう理屈で動いているのかは意外とステレオタイプにしか見られていなかったりします。
中国は広くて、農村も広すぎて、ざっくりと南北で特徴はあるけれど、それだけだと雑すぎる。そんなわけで、田原先生は5つのポイントにしぼって、東西南北いろんな農村の事例を紹介してくれます。このディテールがいちいちおもしろい。真実は細部に宿る、という言葉そのものです。
この本のいいところは、田原先生の失敗談があるところ。世の中の常として、他人の成功例はその人にしか当てはまらないけれど(じゃないと、みんなが成功できるはずだから)、失敗例からは万人が学べます。私も、以前は農村とか辺境をうろうろしていた口なので(仕事じゃないけど)、先生の状況が目に浮かぶよう。
①中国の農民はどういう思考の持ち主なのか?
②農村の暮らしはどんな?
③中国共産党や中央政府は農村をどう見ているのか?
④外国人の農村調査がなぜ失敗するのか?
⑤今、中国政府が進めている「新型都市化政策」はどんなもの?
この本は、ざっくりまとめたらおもしろさが削がれてしまう本なので、ぜひぜひみなさん、細部までじっくり味わって読んでください。どのエピソードもあるある、わかる!でおもしろかったのですが、個人的に予想を遥かに超えたのが、⑤「新型都市化政策」でしょうか。
著者の身の回りのエピソードをまとめる「体験談」は、著者に似たタイプの人たちのサンプルがあつまりがちで、しかも外国人の場合、都会しかわからない(外国人はおいそれと田舎にいかせてもらえないので)。そういう偏りを自覚しつつ、統計で裏付けてまとめたのが斎藤さんの『シン・中国人』だとしたら、田原先生のほうは農村を意識的にターゲットにして、可能な限り広い大枠をつかもうとしたおもしろさ。
馬車馬のように働いて、上昇志向ガンガンにさせられる都会と、そうでない「そこそこ」の県城に分けるという発想。かつての、都市と農村を分けるというか、戸籍で2分して統治するやり方にアレンジのようですが、読んでみるとなるほど納得。そして、そこに突然出てきた映画『小さき麦の花』。これが口コミでヒットしたのは知っていましたが、その後、上映禁止になっていたとは知りませんでした。
こんな、小さな、人生のささやかな幸せを描いただけの映画がなぜ、上映禁止になったのかについては、「人治」でレーティングのない中国だからよくわかりませんが、田原先生の推理はこの本を読めばわかります。
日本とも、他の国とも違う、独特の中国の農村社会の多様なありようと、それを基盤にして成立している中国という「大国」。興味あるかたも、ないかたにもおすすめです。
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