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祝、復刊!『銀の海 金の大地』氷室冴子

学生時代の私を支えてくれた物語。古代4世紀半ばの畿内が主な舞台で、古事記にある「狭穂毘古(さほひこ)の叛乱」をアレンジしたもの。氷室さんが病気で亡くなって、未完で、しかも唯一(?)電子化されていなかった物語。とうとう、復刊!

しかも、あの頃と同じイラストレーター・飯田晴子さんの表紙で、電子化もされたということで、ただただうれしいです。なんども引っ越ししたから、本も手放さざるを得なかった古参ファンには、すばらしいプレゼント。早速購入しました。

息長(おきなが)、淡海(おうみ)、佐保(さほ)、和爾(わに)、丹波、河上…。なじみのない古代の地名にわくわくしつつ、読んだ日々。続きが気になって、単行本の発売が待ちきれなくて、コバルトの雑誌を買った青春時代が蘇ります。

あたり前ですが、すべて記憶の当時のまま、物語が進んで行きます。ただただ、懐かしいというのとはちょっと違う、夢中で読んでいた頃に時間が戻ったような錯覚すら覚えたりしています。

そして、巻末には嵯峨景子さんの解説。これ、嵯峨さんの文章そのまま、昔の私の感想です。嵯峨さんの文章のなかに、昔の私がいます。中学生のときから、氷室冴子さんは心の支え。氷室作品がなかったら、高校、大学をどう過ごしていたのか。私の今の人生は考えられません。

『銀金』の主人公の真秀は、そんな氷室ヒロインの究極の姿と言えるだろう。真秀はその身体一つを武器に、愛する人や守りたい人のため、手足を傷だらけにして血を流しながら戦う。誰の前にも跪かない誇り高い姿や、何があっても生き延びようとする強くたくましい心は、まばゆいほどの光を放つ。

誰もが「わたしという名の王国」の、ただひとりの王。王なら、その領土をいのちがけで守れ。決して他人にあけ渡すな。誰にも支配させるな。王にふさわしいことをしろ。

大和に古くから住んで、渡来の部族に追われ、暗殺などの汚れ仕事を引き受ける波美の一族。「土蜘蛛」と忌み嫌われる一族の波美王は、そんなふうに主人公を励まします。彼の言葉は、氷室さんが波美王を通じて、すべての読者に送った激励のメッセージ。学校や家族、社会とうまく折り合いをつけられずに悩む少女たちを支えてくれた言葉。

嵯峨さんが書いているように、私もこの言葉に励まされた読者の一人でした。この小説を読んだ年齢は、嵯峨さんよりだいぶ上でしたが、切実さは変わりません。真秀が運命の相手、佐保彦にはっきり言った自分の気持ち。今でもはっきり覚えているくらい。

氷室さんの中では、この物語は最後まで構想が練ってあったはずなのに、残念ながら病気で完結できなくて。だから、せっかく復刊しても、読者はやっぱり未完のままで終わる結末を突きつけられるわけで。

過去の辛い経験を、もう一度つきつけられるのはほろ苦いけれど、読者としてはいい大人になっているし、なにより著者だった氷室さんよりも年上になっているので、そういうものも含めて「人生のままならなさ」の一つとして受け入れられます。はい。

『銀の海 金の大地』は、未完の名作として21世紀に復刊して、新しい読者を獲得してくれるはず。古参ファンは、もう、それだけで勇気百倍。「私もあと少しだけ、がんばってみようかな」って勇気が持てる、そんな気にさせてもらった再読でした。おすすめです。


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