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大英博物館の<掠奪美術品>。『パルテノン・スキャンダル』朽木 ゆり子
ギリシャ彫刻の最高傑作といわれるエルギン・マーブル。200年前のイギリスのトルコ大使エルギンよって運び出されて、現在、大英博物館の人気展示の1つになっています。
なぜ、トルコ大使がギリシャから美術品を持ち出すのかというと、18世紀末のギリシャは、トルコが支配していたから。エルギンは、トルコに大理石彫刻を持ち去る許可を得て、イギリスに持ち帰り、大英博物館に売却しました。現在、大英博物館で見ることができるパルテノン神殿のギリシャ彫刻には、こんな歴史があります。
作者の朽木さんは、エルギンの生い立ちから、当時のナポレオン率いるフランスとの宝物争奪戦、そしてその後の不遇時代まできっちり描きつつ、現在のギリシャ返還運動(本書の出版は2004年)まで、200年にも及ぶドタバタを読ませる筆致で描きます。だから、ノンフィクションなのに、ミステリーのようなおもしろさもあって、一気読み。おもしろいです!
当時、ギリシャの大理石彫刻がイギリスに運ばれたのは、一応「正式な」手続きを経ていました。ですが、研究の過程で明らかになっていくのは、当時の法律の不備や保存のミス。いつの時代も、最先端はすぐに古くなり、完璧は不完全になるんですね。
そして、ギリシャとイギリスで起こった、大理石彫刻の返還運動の発展。これはイラク戦争で、アメリカが美術品収奪を保護せずに放置したとか、戦争直前に古美術品の輸入規制を操作したなんてニュースも流れましたから、記憶に新しい分、生々しいです。
そして、美術品の変換運動が、ロンドンオリンピックの誘致とからめて進むのも興味深いです。オリンピックが単なるスポーツの祭典を越えて、政治問題経済の問題にもなることは、モスクワオリンピックのボイコットまで遡らなくても、いろいろ事例があります。
でも、「オリンピックを正々堂々開催するため」という建前があれば、臭いものにフタをしてきた過去の過ちを精算する言い訳になるって、ちょっとうれしいかもしれません。未来志向の返還運動には、好感がもてます。
海外旅行ができない今、世界各地に散らばる美術品について、ちょっと考えてみるのも楽しいかもしれません。おすすめです。