おもしろすぎてとまらない。『辮髪のシャーロック・ホームズ』トレヴァー・モリス(船山むつみ訳)
発売前から評判が良くて、すごく気になっていた推理小説をようやく読むことができました。少し前から、BBCのドラマ『シャーロック』あたりから、映画がいくつもつくられたり、シャーロック・ホームズのブームみたいな感じになっているような。みなさん、シャーロック・ホームズ大好きですね。私もです。小学生の頃、子供向けの翻訳本を夢中になって読みました。
堀啓子さんの本にも、明治時代の日本人が英語で書かれたミステリーに熱中したという話が書かれていましたし、中国でも清朝末期にシャーロック・ホームズの小説が紹介されると熱狂的な人気を博して、贋作も出現したとか。(→こちらでその論文が読めます)ホームズファンたち、すごい。
さて、本書『辮髪のシャーロック・ホームズ』は中国最後の清王朝の時代のイギリス領香港が舞台です。主人公は満州人の福邇(フーアル)、字は摩斯(モース)。両方合わせると、フーアルモス(≒ホームズ)に近い発音になります。バディを組むのは漢族の医者華笙(ホアシェン)。「笙」≒「ジョン」なのですね。広東語だともっと発音が近いのかな?
序文では、華笙が記録した福邇の物語が人々の間で評判になり、香港や華南(中国南部)の新聞に掲載され、そして全国の雑誌に掲載されたと書いています。物語の多くは新聞や雑誌に掲載されただけなので散逸してしまいましたが、辛亥革命後、中華民国の時代になると、華笙の代理人兼編集者の杜軻南(ドゥー・コナン)≒「コナン・ドイル」が収集して、福邇の推理物語を本にまとめて出版し、1920年代から30年代に大流行。
日中戦争後に絶版となっていましたが、この度、トレヴァー・モリス(莫理斯)が名探偵福邇の全集を整理しなおして、『神探福邇、字摩斯』として香港、中国大陸、そして台湾で出版され、日本語版も刊行にこぎつけたとか。序文でこんな凝った設定を読まされた推理小説は久しぶり。もう期待するしかありません。
時代は清末だし、登場人物たちは大体中国人ですが、舞台がイギリス領香港ということもあってイギリス色がかなり楽しいです。しかも、福邇を頼りにする警部も多彩で、例えばグージャーシン(葛渣星)警部は香港育ちのインド人で、アヘン戦争のときにイギリス軍と中国に来てそれ以来香港に落ち着いて妻子も呼び寄せたとか。
また王昆士(ウォン・クワンシー)警部は、太平天国の乱のときに孤児になって外国人に引き取られ、イギリスで育って英語が流暢に話せるようになり、香港に来て働いています。しかも、彼を引き取ったのは太平天国の乱を平定した常勝軍将軍のゴードンだった設定。なんかもう、ミステリーが始まる前から、エピソードが楽しすぎてたまりません。
それなのに、さらにミステリーが始まると、ホームズの元ネタがいろんなかたちで展開されるんですから、もうこれ以上ないくらい楽しいので、読みだしたらとまらないのに、読み終わるのがもったいなくて辛いです。
シャーロック・ホームズ好き、中国や香港好き、歴史好きには絶対オススメな1冊。香港映画好きなら、この小説を書いたトレヴァー・モリスがカレン・モク(莫文蔚)のお兄さんだと知ると、かなり驚くんじゃないでしょうか?
この間、カレン・モクの出てくる映画を見たばかりなので、驚きは2倍。とりあえず、しばらくゆっくり、この楽しい香港ミステリーを楽しみます。ふふふ。
こちらは現代ミステリーですが、イギリスがらみでやっぱりおもしろかったです。おすすめ。