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中国社会の暗部に挑む男たち。『検察官の遺言(長夜難明)』紫金陳(大久保洋子訳)

中国ドラマの名作『ロング・ナイト』(沈黙的真相)の原作。私は先にドラマを見ているので、ドラマとどう違うかを確認しつつ読むのが目的です。

同じくドラマ化された名作『バッドキッズ』(原作『悪童たち』)はかなり改編されていたので、今回も期待してページをめくりました。以下、ネタバレたくさんなので、ネタバレしても大丈夫な人だけお読みください。

結論からいうと、ドラマで「?」な感想を持った部分は、ほぼドラマオリジナルでした。原作はすごくシンプルで、中国社会独特の理不尽さに反逆する学生や警察官、検察、弁護士たちの執念にフォーカスした小説でした。徹底的に男の世界。

原作は、ドラマみたいにかっこいい女性刑事も出てこないし、若い女性が勇気を出して被害を訴えることもしません。そういう意味で、東野圭吾『容疑者Xの献身』の小説と映画化の関係に似ているかも。この作品自体も、どこか東野作品を連想させます。東野さんは中国で大人気の作家さんですが、作家さんたちへの影響力も絶大なんですね。

余談ですが、中国では以前、推理小説的な分野が未成立で、社会派ミステリーとかクライム小説は、「実話を元にした誰かを批判するための小説」だと思われていたのだとか。だから、小説を書いている段階から、作者に対して「誰をネタにしているんだ?」とか、「やめておけ!」みたいな圧力がかかる時代があったそうです。他の国の常識からすれば、そのこと事態がホラー。

そういう圧力を跳ね除けて書かれた張平『十面埋伏』は、ハードカバー上下巻を一気読みしないと眠れなくなるほど怖かったです。中国社会独特の闇が濃すぎて、主人公の警官が捜査する段階のあちこちで妨害が入るのだけれど、誰がどう圧力をかけているのかわからない、味方が本当に味方なのかもわからない怖さ。

『検察官の遺言』は最近の作品だし、ネット小説だし、何より読んでいて東野作品をイメージしてしまうくらいなので、外国人にも読みやすいです。そして、基本的にドラマがだいたい原作に忠実につくられていたこともわかりました。ドラマらしい派手な演出は、もちろんドラマオリジナルですが。

あと、被害者小学生を中・高校生にするのは、良心的な改編です。中国に限らず、現実社会のえげつなさは小説の通りですが、それをドラマでやられると辛すぎる。

興味深いのは、原作の結末。ドラマ『ロング・ナイト』では主犯は企業の社長で、彼に協力した地方の役人たちもみんな逮捕されたり死んだりして、めでたしめでたしですが、小説『検察官の遺言』では地方政府上層部の共産党高官が犯人でした。確かに、これ改編しないと検閲にひっかかってドラマ放送できないですよね。

小説では、一応この共産党高官は裁かれますが、利益供与した企業社長には逮捕の手が及ばないし、実はもっと政治家の大物が背後にいたようだ……ということが匂わされます。まさに「長夜難明」。と思ったら、最後の最後にに意味深な数行が……。

解説によれば、このラスト数行は中国人なら誰でも読めばわかるそうです。匂わされているのは、習近平政権下でおきた、大きな中国の汚職摘発と高官周永康の失脚劇。舞台は四川省で、劉漢率いる四川漢龍集団がモチーフのよう。実際、小説のように、何人もの関係者が「自殺」や「病死」しています。なるほど。

まだ未解決の事件を元に、誰かを告発するわけではなく、社会問題を取り上げて政府を批判するわけでもなく、実際に政府が解決した事件をアレンジした小説だからOK。そういえは、ドラマ『破氷行動』もそうでしたね。

ともあれ、ドラマは見ごたえがあったし、原作も読み応えありました。満足。ドラマを見て好きになった人は、小説もおすすめです。


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