冗談みたいな政治の時代。『仮装集団』山崎豊子
『大地の子』や『二つの祖国』みたいに有名ではないけれど、「山崎豊子作品のベストはこれ!」とのオススメをいただいたので読んでみたら、本当におもしろかったです。
小説の舞台は、1950年から60年代の大阪。昭和でいうと30年代から40年代。戦争が終わってやっと10年になるか、ならないかというところ。主人公は、勤労者音楽同盟(勤音)という団体で演奏会の企画を担当している男性。勤音は、実在する労音(勤労者音楽協議会)がモデル。山崎豊子はフィクションとしているそうですが。
21世紀の現代では、「勤労者」と「音楽」の2つの単語が直接結びつくことは珍しいと思う。でも、この小説の舞台は冷戦の時期で、労働組合のデモやストみたいな社会運動が盛んだった頃のお話。政治的な活動に多くの人を動員するため、こういう文化団体が利用され、人に受けの良いプログラムが考えられたとか。
社会活動の背後にいる「人民党」は、当時の共産党がモデル。彼らは勤音の運営委員会に入り込んで主導権を握り、「大衆的」で政治的に「正しい」音楽で多くの会員を集めようとします。彼らによれば、アメリカ帝国主義は「人民」の敵。ヨーロッパの貴族的な音楽もダメ。ソ連の音楽がすばらしい。主人公は政治には関心がないけれど、このあたりをうまく辻褄合わせてコンサートを大成功させます。
勤音のコンサートが成功して会員が倍増すると、自分の会社の社員たちがソ連に共感することを心配した大阪財界の企業家たちが、新しい音楽団体をつくって対抗してきます。主人公たちは、内部の批判を受けながらも、今度はミュージカルのヒロイン公募など新しい企画を出して、見事応戦。
ところが、今度は勤音の内部で中国派が力をもつようになり、主人公はソ連派だとみなされて批判され、プログラムも全部中止されてしまいます。まるで、国際政治の中ソ対立が反映されたような奇妙なお話。ほかにも、勤音の内部では人民党に資金が流れたり、参議院選挙に出馬する関係者の政治の動きもからんでくる。とても音楽団体の活動の範囲とは思えません。
その後は、大阪で力のある新興宗教の団体も、自分たちの会員の娯楽のために音楽団体をつくる話が出てくる。これは創価学会がモデルとか。
日本でTVが普及するのは、東京オリンピックが終わった1960年末から。なので、この小説の時代はラジオの方が一般的。街には歌声喫茶とかがあって、集まった音楽好きはロシア民謡とかソ連の歌を歌った時期は、労働運動や学生運動の時代と重なっていたようです。
この小説は、政治的な話が多いし、一見地味だけどミステリーっぽかったりで、すごくおもしろいです。そのあたり、山崎豊子さんの文章や構成がうまいからなんでしょう。多くの作品がドラマ化された山崎豊子さんですが、この小説は例外的にドラマ化されていないそうです。でも、関西の音楽興行界の裏側を知る必読書だった時代もあったとか。
そうそう。この本を読んでいたら、大昔、某政党関係の人がブーニンの来日を自慢していたのを思い出します。当時、大人気だったソ連のピアニスト・ブーニンが「私達のために、わざわざ演奏公演に来てくれたのよ」って。でもその後、ブーニンは亡命しちゃったし、ソ連はなくなってしまいました。
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