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ロマンチストな文学青年のエッセイ。『海と薔薇と猫と』加藤剛

時代劇でおなじみだった大岡越前守こと、加藤剛さんのエッセイ。初出の文章は1968年。単行本にまとまったのが1980年。1984年に日本文芸大賞エッセイ賞を受賞されたそうです。高校時代に読んだ本ですが、大人になって再読して、あらためて加藤さんの日本語のきれいさに驚きました。全編、詩のようです。

なんせ、最初のエッセイからして、加藤さんがイタリアで結婚式をあげたときのお話から始まるんです。大きな花束を抱えた純白のドレスの花嫁さん。明るい太陽の光に輝く、古いイタリアの町並み。知り合いでもないのに、はゆく先々で花嫁さんを祝福してくれるイタリアの人たち。まるで、映画のワンシーンみたい。

1938年(昭和13年!)に生まれた加藤さんは、戦後まもない時期に早稲田大学第二文学部の演劇科に入学し、大学4年生のときに超難関の「俳優座」養成所に入ります。そして舞台の経験を積んで、1962年にはTVドラマ『人間の条件』に出演。翌年には映画の世界へもデビューします。

当時の演劇青年は文学青年でもあったから、ロシアや東欧なんかの映画、戯曲にも造詣が深くて、もちろん欧米や日本文学にも詳しい。それが文章からさりげなくうかがえます。でも、文学的な素養があることと、きれいな文章を書けることは別もののようにも思います。知識をひけらかすような文章を書く人だって、世の中にはいたりするので。

俳優さんとして、脚本家や作家さんの文章、セリフにもまれたり、勉強した知識を土台に、自分なりにものを見たり考えたりして、誠実にそれを文字にしようとする。そんな加藤さんの言葉は、読む人に「きれいな日本語」って印象を与える気がします。言葉というのは、あくまで道具ですが、人となりをあらわす鏡でもあるから。

このエッセイでは、加藤さんの生い立ちや1960年代から70年代までの演劇やTVドラマ、映画の話を知ることができます。そして、猫好きの加藤夫妻のところに来た、たくさんの猫たちの話も読めます。大岡越前守に拾われて、太秦映画村に預けられ、美人に変身した捨て猫ちゃん。大女優の名前をつけられたために(?)、薔薇までくわえちゃう猫ちゃんのエピソードなどなど。猫好きはたまらなく楽しい話が詰まっています。

この本には、日本の古い歌がいくつも引用されているので、出典が気になって調べてみたら『万葉集』のものが多かったです。バージニア大学・ピッツバーグ大学の日本古典文学テキスト・イニシアチブが便利なので、こんなウェブサイトでも遊んでみてください。





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