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タイムリーすぎるガイドブック。『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠
日本の隣国ロシア。海があるからうっかり忘れてしまいそうになるけれど、日本とは昔から関係が深いです。戦争のドサクサで占領したままの北方領土。私の祖父たちの時代に、一方的にシベリアにつれていかれて、強制的に働かされた歴史。それが今度は極東ではなく、ロシアの西の端で再現されているのが今。
なぜ、こんなことになっているのか。その原因と背景を少し前の歴史から遡って説明してくれているのが、小泉悠先生の本です。本当は紙媒体で入手したかったのに、どこも売切で仕方なく電子書籍で購入しました。通勤時間にちょっとづつ読んでいます。
武器とか、軍隊、戦術に関する論文はちょっと理解できているかわかりませんが、現在のロシアがウクライナに戦争を仕掛けるレトリックはすごくよくわかりました。
もともとソ連時代から「世界の戦争の原因は搾取階級と被搾取階級の対立」という理解で、搾取階級(≒資本主義のアメリカ+欧州)が存在する限り完全平和はありえないという思考。軍事的な戦争が起こっていなくても、メディアなど非軍事的な手段で戦争は続いているというロジック。だから、旧ソ連で起こった「カラー革命」は全部西側のせいという理解。ウクライナがNATOに加盟したいのも、フィンランドがNATOに加盟したいのも、全部西側のせい。
そして、プーチン政権下のロシアでは新聞やテレビなどで情報統制が強められ、2010年代に入るとインターネット空間も統制されるようになります。まずブログやSNSの言論を萎縮させ、実名登録や見せしめの逮捕・起訴で脅し、政府に従わないメディアは閉鎖されていきます。
人権団体や世論調査機関、民間選挙監視団体といった海外のNGO団体なんかも「外国人のスパイ」として取り締まりました。それと並行して若者への愛国教育がっちり。8才から高校生くらいまでを対象にしたボーイスカウトを組織して愛国心を育成。昔のロシアが偉大だったとか、かつての栄光を取り戻すとか、みんなが喜ぶようなことは何度も言っているうちに、本当の「歴史」になってしまいます。
当初、プーチン政権ができたときは経済発展をうたって、実際にロシア経済を豊かにしたから人々の支持も得たけれど、2010年以降は経済的にも頭打ちで、今ではコロナのダブルパンチ。政府への不満、汚職の蔓延、経済停滞をなんとかしたいロシアは戦争という非常手段をとりがちで、開戦するときには、戦争の原因がアメリカを中心とする西側だと頭から信じて始めるとのこと。
小泉先生の本は、2021年に出版されたもので、全然今回のウクライナ侵略の前にはずなのに、どれもこれも2022年2月に始まったウクライナ侵略のそのまんまの状況でびっくりします。唯一違うのは、前回のクリミア侵略のときのような高度な情報戦ができていないこと。戦争のやり方としては、ものすごく下手をうってばかりいることです。
これって、前回成功しすぎたせいでウクライナを侮っていたからとか、プーチンが年をとってモウロクしてきたからとか、いろいろニュースで聞きますが、それにしても過去の戦争の歴史の本で読んだ悪い事例ばっかりでため息がでます。『汚い銀英伝』とか、小泉先生あてはまりすぎて笑えません。
本当に人間は本当に学べないし、戦争は始めるより止めるが百倍難しいし、前回楽勝だった戦争が今回もうまくいくはずもないし、賢かった人がいつまでも賢く振る舞えるわけでもない……などなど、本当に分かる本でした。良書。おすすめです。