おやじのギャグはどの国でも寒い。『ありがとう、トニ・エルドマン』ドイツ・オーストリア、2016年
ネットで見た映画紹介がおもしろかったので、かなり期待して見に行きました。が…ちょっと予想を大きく外してました。てっきり『寅さん』みたいなやつだと思っていたんですけど、かなり違ったシュールなオヤジ映画でした。
映画は、オヤジ的なギャグの大好きなパパが、35歳を過ぎても仕事しかしない娘を心配して、あれこれまとわりつくというお話です。娘が、尖っていて全然魅力ないし、仕事でたくましいという感じもない。それは、彼女の仕事がEU統合で経済的に大きく発展していくドイツの大企業の一員として、周りの貧しい地域を搾取する、その最先端にいることも関係しているのかも。
きらびやかなドイツの大企業が近隣の国で石油を採掘するのですが、お金が全て、儲けるのが全てで、とにかく人間味がないです。彼女の行く先々では、小さな貧しい家が立ち並んで、子どもたちが裸足で遊んでいます。彼女はそんな人達を見ようともしないし、会社でも親しい人間関係をつくろうともしません。
そんな仕事の仕方をしている娘に対して、パパはお説教はしないかわりに、とにかく悪ふざけ全開でかかわってきて、彼女の行く先々で、彼女の会社が踏み潰そうとする貧しい人たちと仲良くなっていきます。その結果、彼女は自分を見つめ直すというか、パパのギャグをマネして、会社に切れてしまうというストーリー。
日本人のただの1観客(しかも、かつて娘だった者)としては、共感のしどころに苦労します。とにかくパパに調子を崩されっぱなしの彼女が、イライラして、最終的に今の仕事の酷さを自覚するあたりには共感できなくもないけれど。
でも、今の仕事を辞めてしまっても、再就職で赴任する場所がシンガポールだし、転職先がマッキンゼーだったりして、結局、似たような仕事するんだろうなあと思うとそれもまた笑えません。パパと仲直りしたことだけが、唯一よかったことなのか?
この救いのない感じって、一体どう表現したらいいのかわかりません。今のEUの大きすぎる格差やら、グローバル化を直視しつつ家族映画を撮影すると、こんな感じなのでしょうか。先進国の下層から見たのがケン・ローチの『私は、ダニエル・ブレイク』で、先進国で発展する企業の「中の人」から見るとこの『ありがとう、トニ・エルドマン』になるのかな?
どちらの映画も、キーワードが「尊厳」ってところは、多分、偶然じゃないような気がします。お金じゃなくて、労働者として生きる尊厳が欲しいと訴えたダニエル・ブレイク。大企業の中で、自分を見失っている娘に「Greatest Love Of All」を歌うよう促す父。黒人差別と戦ったモハメド・アリを思い出させる、自分を愛することが大事だと思い出させてくれる歌です。
邦題:ありがとう、トニ・エルドマン(原題:Toni Erdmann)
監督・脚本:マーレン・アデ
主演: ペーター・ジモニシェック、ザンドラ・ヒュラー、イングリット・ビス、ミヒャエル・ヴィッテンボルンほか。
製作:ドイツ・オーストリア(162分)2016年