映画のような物語。『碁を打つ女』シャンサ
舞台は、1937年の「満州」。中国東北部の厳しい寒さの中で、広場に集まって男たちが碁を打つなかに、一人だけいる若い娘。彼女は、学校や両親との息づまる日々から逃れるために、碁を打っていました。そんなある日、彼女は、抗日連軍の暴動に巻きこまれ、助けてくれた青年二人と親密な関係になっていきます。彼女が主人公の一人です。
もう一人の主人公は、日本人士官。彼は東北の街にやってきて、昼間は抗日分子の調査をし、夜は女遊びの毎日を送っています。関東大震災以降、彼は死に魅入られていて、抗日分子が紛れこんでいるらしい広場へ、地元の人間になりすまして入りこみ、娘と碁を打つようになりました。
毎日、二人は名前も知らぬまま、広場で対局を続け、お互い惹かれっていきます。しかし、二人が住む街では日本軍と抗日勢力の対立が激しくなり、二人の愛情を思わぬ方向へ翻弄していきます。
フランス語で書かれたこの本が、賞をとって脚光を浴び、今では21ヶ国語に訳されたとか。書いたのは、中国人の若い女性(当時)。映画化されてもおかしくないような物語です。中国語にも訳されているそうで、日本語訳も簡潔な文体で綴られる、生き生きした物語だと思います。
日本人士官は娘に愛情を抱いていますが、彼女の方は彼に「惹かれる」っていうより、家族があてにならない分「頼っている」、「信頼している」感じが強いです。だから、戦下のラブロマンスっていうのとは、またちょっと違う気もします。
主人公の娘が、自分を持余す「若さ」とか、極端に走ってしまう所とか、思い込みの激しさとかが、とても詩的に描かれているので、この作品がフランスの高校生が選ぶコンクールで一位になったのも分かる気がします。そして、日本人士官の生真面目さも、いい感じに描かれていたと思います。細かな部分では、いろいろ気になるところもあるけれど、暴動が一夜にして収まってしまう中国らしい出来事とか、主人公の女友達の情緒的な揺れ幅とかも好きな描写です。
余談ですが、この小説には日本の軍記物『保元物語』やら謡曲『隅田川』からの引用が出てきます。中国人作家さんで、しかも1972年生までの人の作品なので驚きます。そのせいか、読んでいてなんとなく、映画『鬼が来た!』の姜文監督兼主演を思い出しました。
日中戦争を舞台にした映画『鬼が来た!』を撮影しているとき、姜文監督は「確か、日本の戦国の武将で辞世の句を詠った人がいるはずだが?」と、日本人出演者に尋ねて驚かせたそうです。そして、「あ、敦盛ですね」と宮路さんだけが即答したエピソード、香川照之さんが書かれています。私、日本人だけど、そんな質問には答えられません(泣)。