見出し画像

#06 謎の香りはパン屋から【読書感想文】

その瞬間、焼き上がったパンのように、頭の中で描いていた思考が一気に膨らんだ。

土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』P36

 本屋で一目見た瞬間、そのジャケットから美味しそうなパンの香りがして、トングで掴むように手に取った。『約束のネバーランド』(集英社、2016-2020)でお馴染みの出水ぽすかさんの作画に惹かれ、珍しく「ジャケ買い」をしたこの作品は、パンの香りとミステリーがマッチした“美味しい”ミステリーだった。


 主人公である大学一年生の市倉小春は漫画家という夢を描きながら、大阪府豊中市にあるパン屋「ノスティモ」でアルバイトをしていた。同じバイト先であり親友の由貴子と推しのライブビューイングに行こうと約束をしていた前日、誘ってくれた由貴子から急にドタキャンをされてしまう。疑問に思った小春は、彼女の行動を振り返る。そしてある真相に辿り着く。


食べ物には空腹を満たすだけでなく、心も満たし、支えてくれる力がある。

土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』P147

 各章、個性的な登場人物が現れ物語を彩ると同時に、テーマである「パン」がある。クロワッサン、フランスパン、シナモンロール、チョココロネ、カレーパン。そのパンと各章にしっかりと繋がりのある構成になっており、謎解きとそのオチに上手く反映されているのが圧巻だ。

 この作品通して、美味しそうなパンの香りに包まれた優しい物語の面もあるが、登場人物の様々な苦悩や葛藤が表現されており、より味わい深い作品になっているのは間違いない。

現実から逃げたいだけーー。
その言葉に胸を締め付けられる。まだ結果を出していない者が、どうすればその覚悟を他者に証明できるのか。

土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』P85

土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』(宝島社、2025)

いいなと思ったら応援しよう!