【海外生活】モノを何でもかんでも脳内で円換算するのをやめた
海外生活を始めてから、しばらくの間はお金に換算できるものは、現地通貨を円に換算しまくっていました。為替レートってありますけど、例えば、わたしの住むところの現地通貨は€(ユーロ)になります。
1ユーロはその日その日で小刻みに変動します。まぁ、ざっくり1ユーロ=120円としてこの記事では書いていくので、覚えていてください。
海外生活を始めて、異なる国の文化や、ライフスタイルの違いにと惑いながらもなんとか生活を軌道に乗せようと、四苦八苦していた時、どうしても目に飛び込んでくるのが、「通貨」なんですよね。
お金は生活には必須です。
最初のうちはこの現地通貨、使い慣れないので、常に「頭の中でユーロを円に換算して、円でモノの価値を測る」ということをやっていました。
例えばバナナが1本2ユーロだったとして、円に換算したら、大体250円。「うーん、高い。やめようか」とか、トイレットペーパー8ロール、2.5ユーロ。大体300円。「安い!買いだ!」とか。
このように「モノの価値を頭の中で円換算していた」んですよね。そうすると、日本で購入していたモノが、外国では高いのか、安いのか、ボッタクられてないのか?が、計算すると、わかるわけです。
別に、ボッタクリっていうわけじゃないんですけどね。
でもですね。
頭の中で通貨計算していた期間がしばらくあったと思うんですが、徐々に「計算する」ことがなくなっていきました。
なぜって?
それについて少しまとめたいと思います。
円換算することになんの意味があるのか?
そもそも、全てのモノを「円に換算する」行為に、なんの意味があるのでしょうか?日本と、当地のモノの値段の比較をするのが目的だとは思いますけど、それを比べることが、生活になんの影響があるのか?って考えたら、どうでしょう。
意味のない行為だと思ったんですよね。
今わたしは、日本に住んでいるわけではない。それなのに、当地の値段と、過去自分が住んでいた日本の「モノの相場感」を当てはめたところで、「あっそ」ってくらいの意味しかない。
大事なのはそこじゃなくて。
目の前にユーロで売られているモノが「必要なのか?そうでないのか?」の方が、むしろ重要なはずです。買い物しにきたんだから、それが必要だから買いにきたはず。円換算しにきたわけじゃないですよね。
円換算して、高かったら買わないのか?
計算すれば、長年培った「円の相場感」をフルに生かして、今この地で手に取ったモノが高いのか、安いのかは、もちろん比較することができるので、わかります。
もし、円換算して高かったら、買わないんでしょうか?
上で書いたように、どうしても欲しかった、バナナを円換算したら1本200円だった。1本200円なんて、自分の中では「ありえない金額」だから、買わない。ってなりますか。
必要、不要は金額で見るんじゃありません。
そもそも、物価は国によって違うし、得意とするモノも国によって違ったりします。モノの価値がどの国に行っても不変で、通貨単位だけ違うということもありません。
同じ通貨を使っていても、国によっては、価値が違うなんていうこともよくあることです。特にヨーロッパではユーロが普及しているので、国によって、物価が高かったり安かったりなんていうことが、ありえます。
あそこの国は物価が高いけど、あそこはリーズナブル。なんていうこともよくありますからねw
日本円にそもそも換算することに意味があるのか?
日本円に換算して価値比べをしても意味なんてありません。大切なのは、今、この瞬間であって、お金の価値を論じたいわけじゃないはず。
人間、ついつい「損得」で考えてしまいがちですけど、特に外国に来たときから再びまた「損得」で考えている自分がいることに気がつきました。
もうね。なんか後退しているかのような感覚になりました。
使っているお金の単位はユーロ、購入したいと思うものもユーロ。その間に日本円を換算することになんの意味があるんでしょうか。目の前のモノをみているようで、全く見ていなかった、ということに気づいたんですよね。
これじゃまずいって。
円換算をやめたことで得られたこと
円換算することの無意味を悟ったところで、換算するのをやめました。というか、いつしか「円に換算すること」をやめていたと言った方が正しいかもしれません。
円換算することをやめたメリットとしては以下です。
・頭の中の余計なメモリーを使わず済むようになった
・加えて、煩わしくなくなった
・同じ製品のユーロ同士の比較で考えるようになった
・高い安いに一喜一憂しなくなった
余計なことを考えすぎていて、頭が疲労してしまうことも少なくなりました。まぁ、簡単な計算なんでそこまで脳を酷使していることはないんですが、無駄に負荷を与えるよりは良きですよね。
高い安いを比較するのは、自分の思い出の中の「日本製品」ではなくて、現地今ここにある、似たような製品同士で比較する方にシフトしました。「日本では〜とか、日本のなら〜」とかいうワードに惑わされなくなりました。
安くユーロで手に入れて、後で日本円に計算してみたら、やっぱり安かった。ラッキーくらいなものです。それくらいのためにしか、円換算しない。してもあまり意味はないですからw
高い安いに一喜一憂しないというのは、数年前に始めたミニマリスト、ミニマリズムの原点に帰れたような気がしてなりませんでした。でもこの方がいいと思うんですよね。消耗するよりは。
まとめ
頭の中で円換算。計算をやっていたのですが、それをやめました。まぁ、意図してやめたというよりは、「気がついたら、円換算しなくなっていた」という方が正しいです。
円換算して、モノの価値を比べてもあまり意味がないのです。多少高くても、必要なら買う。値札をあまり見ない。見過ぎない。
これは、海外のみならず、日本でもこのような買い物の仕方を身につけられれば、もう少し幸せになれるかもしれませんね。
それでは、また。
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