自分には荷が重い・・・
実力以上のことを期待されるときに使う言葉です。「自分には荷が重いです」「わたしには、荷が重いなぁ」などと使います。そうかもしれないし、そうでもないこともあります。
実は、自分が感じている「荷」の大きさ、重さをキチンとわかっている人は少ないです。かくいうわたしも「荷が重い」と言いつつ「荷」の重さをわかっていなかったりします。
自分の実力を過小評価していて、本当はできるのに、「いやいや、自分なんて、とてもじゃないけどつとまらない」と言ってしまったり、思ってしまったり。
謙遜じゃなくて。
これもある意味「荷」の重さをわかっていないことを示しています。自己肯定感の少なさが、この発言を引き出しているとしたら、自己肯定感を上げるしかない。
持てる荷の重さは決まっている。それなのに、しない。まぁ、単に「やりたくない」からという理由で、「荷が重いです」と使うこともある。
本当に実力不足なのか、それともただやりたくないのか。周りから見るとこの言葉、判断つかないですが、この発言をした人の心理、実際にはどうでしょうか?
「荷」の重さをわかっていないとしたら、「面倒くさい」というのが先に来る。となると、やりたくないと思うのも、無理がないかもしれません。
「荷」の重さがキチンとわかっていれば、荷が重いって使えると思いますが、安易に「面倒だ」「やりたくない」からと言って、乱発していると、却って面倒なことになりかねません。
そのうち、周りから「やる気のない奴」認定されることでしょう。
そうならないためには、「荷を軽くする」必要があります。では、荷を軽くするためにはどうするか?アプローチは2つあります。
・荷をたくさん持てるように、実力をつける
・荷を減らす
「実力をつける」のは、部屋を広くするのに似ています。つまり実力をつけることで、「荷」の重さ、大きさに負けないだけの容量を増やしてあげることです。
実力がつけば、不安とか面倒に思うこともなくなるので、荷が重いと感じることもなくなります。これはさっきの自己肯定感に繋がりますよね。
「荷を減らす」のは、今の自分の身の丈にあった、「荷」の重さ、大きさに縮小して、対応することです。
実力をつけることも大事ですが、実力をつけるまでに時間がかかる。実力をつけるまで待っていられればいいですが、そうも言っていられないこともあります。(本当は、すでに実力を持っていることもありますが)
だったら、「荷」を減らして、重たい「荷」を軽くすることに努めれば、程よい軽さに生まれ変わります。身の丈にあった「荷」を背負えばいい。
あれ、この考え方、どこかで聞いたり見たりしたこと、ありそうですね。
それでは、また。