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秋ピリカグランプリ応募作品

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2024年・秋ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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#秋ピリカグランプリ

我ら紙の子団 【秋ピリカ】

ある日曜日の公園。 今日もまたおじいさんの紙芝居が始まりました。 観客はいつもほんの数人だけ。 それでもおじいさんは毎週必ずやってきては楽しそうに紙芝居をします。 紙芝居を終え家に帰ると、おいじさんは決まってこう言います。 「みんな、お疲れさま」 すると突然、紙芝居から小さな影がわらわらと出てきました。 彼らはおじいさんを陰で支えている紙芝居劇団「紙の子団」です。 周囲を驚かせないよう外ではいつもこうして紙の中に隠れています。 「みんな今日も最高だったよ、ありがとう。

*白紙の私・#秋ピリカ募集

 彼女はどこまでもキレイだった。完璧に滞りなく母親役を演じているように思えた。  いつだって本音がどこにあるかわからない眼差しで。考えてみれば、訴えかけるような感情で否定されたことも、褒められたこともなかった…  私っていてもいなくてもいい依存…  手作りのパン、手作りのお菓子、手作りのワンピース、手作りのトートバッグ、彼女の作った物をこれも愛の形なんだと、まるごと全部を すみっこまで当たり前だと、当たり前に受け取っていた。  手がかからない、わがままを言わない私は母親

【秋ピリカ応募作品】玉手箱(空の中道)

 “解析中・・”  [活きたがる形があるので生きている。  長雨が明けて叭々鳥が、その命を余さず秋空を高く飛び行き交っている。  ただそれだけのなんとこの素敵な日和に、不幸せと背中合わせの瑞風も辺りを行き交っていたからか。  待つことを忘れたい立秋の午後だというのに、何を思ったのか、ふと指を合わせて角型窓を作っていた。  その小窓の間隙を覗き見ると、過る旻天に泳ぐ白長須鯨が一頭。  それを、しれっと狙う窓辺の子猫が一匹。  子猫のために開けた小窓から、一緒に色無き風も入っ

短編 : 『思い出たち』

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【掌編】『ラップはやめて』

娘は、まだ大きすぎるランドセルを放り投げると笑顔で何度かジャンプした。彼女のお気に入りの『オーストラリアのおばさん』が、遊びに来ると知ったからだ。 「ねえ、おばさんの好きな食べものは?」 それは、ごく自然な問いかけだった。  ◇ お気に入りの食べもの、--明石焼き、麦とろ...…それから、チーズで日本酒をやるのも好きだ--。それは、君の好きなもので、いつからか僕も好きになっていた。 初めて食べたのは君と一緒だった。君は新しいスキに感応するアンテナを持っていて一緒にい

苦しい時の紙だのみ(秋ピリカ応募作品)

「苦しい時の神頼み」って言うじゃない?私は「神さま」じゃなくて「紙さま」にお願いしていたんだ。  六年間の修行ののち、自分の理想の和紙を追求したいと紙漉き職人として独立して工房を構えたのだけれど、想像通りとても厳しくて。注文が来なくてね、、、。自分で売り込みに行ったり、自分のサイトも作ったりしたんだけれど。  そんな状態の時、外を散歩している時に拾った小枝に自分で漉いた、花びらを使った和紙をくるませて、棚に飾っていたの。なんだかとても可愛くて、「紙さま」なんて言って話しか

3年4組のルーズリーフ

「松本、あのさぁ……いくら勉強が面倒でも、さすがに教科書の丸写しはダメだろう?」  自学記録をチェックしていると、必ず一人は教科書を丸写しするやつがいる。勉強なら、ドリルやテストの過去問を繰り返し解いたほうが効率が良いと俺は考える。試験前なら尚更だ。 「このやり方だと、第一志望には行けないと俺は思うんだけど……」 「んだよ、俺はこのやり方がしっくり来るんだよ」  ほら、これだ。口を開いたらすぐ反論する。思春期なのは分かっているが、成績の下がり具合からさすがにこれはまず

カウンターレター #秋ピリカグランプリ応募作

拝啓 陰山努さま 昨日は素敵なプロポーズをありがとうございました。 まだ実感はわきませんが、努さんにプロポーズしていただけたこと、 大変うれしく思います。 私なんかで良いのでしょうか、というといつも努さんは 「朱里さんがいいんだよ」 と言ってくれましたね。 でも昨日だけは「こんな僕なんかで良ければ結婚してください」って言うからびっくりしてしまいました。 努さんのような素敵な人がへりくだってしまったら、 私のような女はどうしたらいいのでしょうか。 私こそ、こんな女でいいのか。

とりあえず紙で。(秋ピリカグランプリ応募作品)

せめて酔いのせいにしたいのにできない。 俺は現在、歓迎会に参加している。 何社も落ちて、やっと掴んだ仕事だ。 入社初日は会社の人達と上手くやっていけるか心配していたけど、どの部署の人達も仏の様に優しくて、こんなホワイトな企業があるんだと嬉しい気持ちになったのに。 帰りにローソンで買ったビールはあんなにも美味しかったのに。 社会にでるとこれまでの常識は通用しないことは想定していたが、これが社会なら社会はエキセントリックにクレイジーだ。 歓迎会で、直属の上司が当たり前

【創作】姉の下書きを弟は丁寧になぞる

「お姉ちゃんが跡をつけておいたから。あんたはここをなぞればいいよ」 姉はそう囁いて1枚の半紙を僕の前に置いた。半紙には姉が”はる”と爪で跡をつけていた。書道教室の課題の”はる”という字を上手く書けずにいた僕に、姉が助け船を出してくれたのだった。子供ながらに明らかな不正だと思った僕はその文字をなぞることに躊躇していた。 「早く書いて。合格しないとお姉ちゃんも帰れないじゃん」 また姉が囁く。 観念した僕は姉がつけたその跡を丁寧に筆でなぞった。これまで僕が書いてきた文字とは明

#秋ピリカ応募作品「きっとずっと忘れない」

私の手は魔法の手 だってね、触っただけで 紙の表と裏の違いが分かるのよ。 私の耳は魔法の耳 だってね、その人の声を聴けば いつもと違う様子にすぐに気付くのよ。 私の鼻は魔法の鼻 かすかな臭いで、誰と会って来たかだって すぐに分かっちゃうもの。 この前もね、 「ねぇ、田中のおじちゃんと  お酒飲んで来たでしょう。」 そうお父さんに言ったらね、 「美琴(みこと)は何でもお見通しじゃな~」 いつもの優しい声が返ってきて お父さんの大きな分厚い手で頭を撫でてくれたよ。 私が

合理的な簡素化

 単身者向けのマンションの一室で、男の変死体が見つかった。事件性はないが、死後数週間が経過しており、病死か自死かは特定出来ないでいた。  一つだけ確かなことは、孤独死であることだ。  男には、かつて結婚していた時期があった。しかし、僅か数年後には協議離婚に至り、相場より高額な慰謝料を一括で支払ったそうだ。更に、まだ幼かった一人娘の為に、十五年以上も滞ることなく養育費を払い続けた。  なのに、離婚後は一度も別れた妻はおろか、実娘にさえ会うことはなかったらしい。  男は、まだ

秋ピリカ応募作 「ロイにおくる」

 薄い手の平に乗せた小瓶を眺め、女性は言う。かつてのあなたが、今もあなたである証拠は?── 「小瓶の中の手紙に、あなたの名前と住所があった。だから私はこれを届けに来たの」  女性はリラと名乗った。 「ロイはあなたで、マリアはあなたの叔母様ね。これを見つけたとき、私はあなた達の関係を知らなかった。だから想像したの。ロイとマリアはどんな絆で結ばれていて、何を語らい、この小瓶に手紙を詰めたのだろうって。そして、海に小瓶を放った二人は、どんな表情で互いに見つめ合っただろうかと」

読めないラブレター【秋ピリカ応募作】

卒業式の日、いよいよこの高校ともお別れかと感傷に耽る中、不意に後ろから呼び止められた。 「あのっ!」 驚いて振り返るとそこには、少し大きめなメガネを掛けたお下げ髪の、絵に書いた様な地味な女子……誰だっけ? 「こ、これを!」 モジモジしながら彼女が差し出したのは淡いピンクの封筒で、突然のことで受け取るのを躊躇していると、 「さ、さよなら!」 と、いきなり別れの言葉を口にして、封筒を半ば強引に俺の手に握らせると走り去ってしまった。 「おっ、ラブレターか!? モテモテ