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秋ピリカグランプリ入賞作品

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2024年・秋ピリカグランプリ入賞作品マガジンです。個人賞(受付順)、すまスパ賞(受付順)。読者賞は決まり次第追加いたします。
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#ショートショート

創作 紙屑が入れば

くしゃくしゃに丸めた紙をゴミ箱に投げ入れようとして、私は思いとどまった。 ただの四角い箱のような狭いワンルーム。散らかった部屋の中で私はデスクチェアに座っていた。机には仕事で必要な書類が置いてある。在宅でする仕事も疲れるものは疲れるし、さっきは上司に嫌味を言われた。 私はストレスに任せて不要な紙をくしゃくしゃに丸め、そして今。ゴミ箱に投げ入れようと振りかぶった腕を一旦下ろしていた。 なんとなく願掛けをする。 この紙屑がうまくゴミ箱に入れば、何かとてつもなく良いことが起

紙の声 #秋ピリカグランプリ(1200字)

悶々とした気持ちで公園のベンチに座る。憧れの職業に就いて三年、夢と現実の差に打ちのめされ続けている。 もう、諦めてしまおうか。 夢を追い続けるのは、想像していた何倍もパワーのいることだった。そんなこと、分かっていたはずなのに。 色付き始めたイチョウの葉を見上げていると、冷たい風が木の枝を大きく揺らし、ガサッという音と共に視界が遮られた。 私の顔に覆い被さったのは、一枚の白い紙。そこには と書かれていた。 思わず「いや、まだ泣いてねーし」と減らず口を叩いてしまう。 そう

リベンジワールド

ネオン街に酸性雨が降り注ぐ。ブラインドを下ろして部屋を出ようとすると、ドアの前に一枚の紙が落ちていた。 やれやれ、またか。 日に焼けたざら紙にはターゲットの名が記されている。 アシッド・レイン――。ふざけた名前だ。 俺は刑事だ。正確には、刑事だった。 数年前に事故で肉体を失い、紙として再生されたのだ。 ペラペラな体と引き換えに手に入れた力で犯罪者を裁く。いつしか俺の呼び名は”紙コップ”から”死に紙”に変わった。名前なんて何でも良い。この街に巣食う悪党を駆除するため、俺はきょ

露霜日記 #秋ピリカ応募

 日記なんてひさかたぶりだから迷走する。私が充分に乙女だったころは名前なんかつけて呼び掛けていた。さほど昔ではない過去に、同じように日記に語り掛けた少女がいたが彼女は殺された。殺したのはヒトラーではない。死刑執行人だなどという寒いことを言うつもりもない。  が、脇道に逸れて忘れる前に、私が日記などという酔興を思いついた経緯を記さねばならない。図書館の書架の間の細い通路にて、何冊目かの書物をぱらぱらやってぱたんと閉じたところ、隣にいた少女がびくりと首を竦めた。予想以上に大きな

【秋ピリカ】ことのは

今日は何をかくのですか?  日記? お手紙? ものがたり? 彼は木目が美しい棚から1枚の生成色の紙を取り出した。 うっすらとリボンの模様が浮かび上がる紙を半分に、また半分にペーパーナイフで丁寧に切っていく。 それから机の引き出しからインクとガラスペンを選び取って並べた。 あ、お手紙ですね。 想いを寄せるあのひとでしょうか。 わたしは会ったことがないけれど、彼には想い人がいるよう。 優しくて、柔らかくて……だけれど、秘めたる想いが滲む言葉を紙にしたためていく姿に胸が

『折り紙のゾウ』 # 秋ピリカ応募

封を開けると、短い手紙と折り紙のゾウがふたつ。 グレーの紙で折られていたが、かなり色褪せている。 足を広げて、立たせてみた。 大きい方が母親、小さい方が子供だ。 勝手にそう思った。 「悩みましたが、この象の折り紙をやはりあなたにお届けしたいと思います」 小学校の6年生だった。 2学期の席替えで、私は拓人と隣り合わせになった。 授業中、彼が机の下でゴソゴソしているので覗くと、折り紙を折っている。 顔は黒板に向けたまま、親指と人差し指、中指が別の生き物のように紙を折っていく。

その紙の重さ【#秋ピリカ応募】

 家の六畳の離れが私のすべてになっていた。遠くから幼い子どもが高らかに歌う軍歌と、障子越しに見える木の影が、ここから得られる外の世界だった。  私は死亡率の高い病に罹っており、往診の医者以外に他人に会うことはなかった。戦況の悪化で高額な薬も手に入らなくなり、私の命はここで終わるのだと諦めていた。  寒い冬の日、久しぶりに障子越しではあるが父がやって来た。 「瑞穂、幼なじみの栄二君に召集令状が届いた。1週間後には出征する。栄二君とお前は結婚することが決まった。本人たっての望

伝える【秋ピリカ】

大切な話をする時、わたしたちはあえて距離をおく。 心を開いて本音を伝える時こそ、適度な距離が必要だから。 と言っても、相手の顔が見えないのは不安だ。 それではイマドキのzoomなんかを使うのですかと聞かれそうだが、イマドキどころかイマドキは子どもさえ使わないかもしれないものを使う。 それは、糸でんわだ。 紙コップで作るアレである。 あの懐かしの糸でんわ。 ピンと張られた糸を通して伝わる相手の声は微かにふるえている。 それは心の扉を開く時の慄きなのか、あるいは物理的な振動なの

昔語 | 「紙女」

 むかしむかし。奥州の雪深い寒村に太助という木こりの若者がいた。  ある秋の夕刻、山仕事を終えた太助は下山時に足を怪我し、帰りの峠道で動けなくなった。そこに色白で顔容美しい人形のような女が現れた。峠道から少し森に入った女の小屋で手当を受けた太助は無事に村に帰ることができた。  足が回復した太助は礼を言うため女の家を再び訪ねた。女は名はハルといった。それから太助は山仕事の帰りには必ずハルの小屋を訪ねた。はじめは無口だったハルも次第に打ち解け、あるとき太助にこう言った。 「燃え