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リベンジワールド
ネオン街に酸性雨が降り注ぐ。ブラインドを下ろして部屋を出ようとすると、ドアの前に一枚の紙が落ちていた。
やれやれ、またか。
日に焼けたざら紙にはターゲットの名が記されている。
アシッド・レイン――。ふざけた名前だ。
俺は刑事だ。正確には、刑事だった。
数年前に事故で肉体を失い、紙として再生されたのだ。
ペラペラな体と引き換えに手に入れた力で犯罪者を裁く。いつしか俺の呼び名は”紙コップ”から”死に紙”に変わった。名前なんて何でも良い。この街に巣食う悪党を駆除するため、俺はきょうも夜の街に繰り出す。
古びたビルの地下にある会員制のバーに、ドアの隙間から音もなく滑り込む。中は薄暗く、アルコールと香水の匂いが充満している。
奥のカウンターで、鋭い眼の痩せた男が酒を飲んでいた。アシッド・レインだ。俺は背後から近付き、硬質化した手刀で首を刎ねた。床に落ちたレインの顔には恐れも驚きもなく、ただ冷たい微笑が張り付いていた。
立ち去りかけ、目の端にレインが立ち上がるのが見えた。奴は床に落ちた頭を拾い上げると、けん玉のように胴体に載せた。白い顔が笑う。
「化け物め……」
「そう言うな兄弟」
「お前に兄弟呼ばわりされる筋合いはない」
「分からないか? 俺たちは同じだ。体を奪われ、奴らによって化け物にされた」
頭の中で警戒音が響く。これ以上、奴の言葉に耳を傾けるべきではないと、直感が命じる。しかし、勝手に口が動いていた。
「何の話だ?」
「お前は自分の意志で行動していると思っているようだが、フィクションだ。お前も、この街も、この俺だって、奴らのシナリオ通りに動いているだけだ。真実を知りたければ、紙をめくれ」
奴の胸に手を突き刺す。その瞬間、視界が揺れた。レインの姿が砂のように崩れかけ、再び形を取り戻す。
「お前は俺を殺せない。シナリオが違う。真実を知りたければ、紙をめくれ……」
奴の声が消えると、俺は自分の部屋にいた。ブラインドの隙間からネオンが滲み、酸性雨が窓を叩いている。
夢か……? 額に滲む汗を拭いながら、ドアに目を向ける。日に焼けたざら紙が床に落ちていた。俺はそれを拾い上げ、そのまま破り捨てようとした。しかし、指が動かない。その行動が許されていないかのようだ。ぼんやりと紙を見つめる。
「真実を知りたければ、紙をめくれ」
耳の奥でレインの声が蘇る。
俺はざら紙の端に鋭利な指先をねじ込み、薄い皮を剥ぐように一気にめくった。刹那、視界が歪み、世界から形が失われた。後には文字と余白だけが広がっている。これが真実……。
俺は自分を紙だと思っていた。だが実際は、俺の思考、俺の行動、全てが紙に書かれただけの文字だったのだ。しかも、たった1200字の。
レインの声が響く。
八か っ
刀 ナ
こ か
続く文字を切り刻むと世界の形が変わった……。復讐の始まりだ。奴らが押し付けたこの糞みたいなシナリオを、俺がバラバラにしてやる。
(1200字)
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大橋ちよさんに、この話を基にイラストを描いていただいたので、TOPのサムネイルを変更しました!
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