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紙の声 #秋ピリカグランプリ(1200字)
悶々とした気持ちで公園のベンチに座る。憧れの職業に就いて三年、夢と現実の差に打ちのめされ続けている。
もう、諦めてしまおうか。
夢を追い続けるのは、想像していた何倍もパワーのいることだった。そんなこと、分かっていたはずなのに。
色付き始めたイチョウの葉を見上げていると、冷たい風が木の枝を大きく揺らし、ガサッという音と共に視界が遮られた。
私の顔に覆い被さったのは、一枚の白い紙。そこには
“泣かないで”
と書かれていた。
思わず「いや、まだ泣いてねーし」と減らず口を叩いてしまう。
そういえば昔、誰かに同じようなことを言った気がする。考えているうちに、紙の表面がゆらゆら揺らめいて
“ほんとうに?”
新しい文字が浮かび上がった。
◇
雪の降る寒い日。進路のことで親と口論になった私は、コートも着ないで家を飛び出した。
公園のベンチにひとり。頭はカーッと熱いのに手足の先から体が冷えていく。悔しさと寒さでブルブル震えていると、私の肩にふわりと見知らぬコートがかけられた。
顔を上げると同じクラスの神谷くんが気まずそうに立っている。そして、ぽつりと一言「泣かないで」と言われたのだった。
学校で見る神谷くんはいつもひとりで本を読んでいて、他人に興味が無い人だと思っていたので、この状況で話しかけられたことに心底驚く。
急に恥ずかしくなって「泣いてないし!」と言い返すと、彼は「ほんとうに?」と少し困った顔で、笑った。
◇
呆然と手元の紙を見つめていると、紙からあの日の香りがしたような気がして、鼻の奥がツンとする。
そのまま黙って隣にいてくれたあの人。
学校で改めてお礼を言おうと思っていたのに、結局話しかけられなかったあの人。卒業してから一度も会っていないあの人。先月事故で亡くなったと聞いた、あの人。
“泣いても、いいよ”
紙には次々と新しい文字が綴られていき、やがて色鮮やかに埋め尽くされた。
お腹の底から何かが溢れてきて、苦しい。堪らず目からこぼれた涙がふしぎな紙に吸い込まれると、紙は私の手の中でゆっくりと崩れ、宙を舞った。
……きれいだね。
心の中でつぶやくと、私の涙に寄り添うように紙吹雪がぺたり。頬に一枚くっついた。
◆
信じられない話だけど、目が覚めたら紙だった。
どうやら僕の思ったことが体に浮かび上がるらしい。
僕は君に会いたくて文字通り飛んできた。
あの日、僕は何と声をかけたら良かったんだろう?
考えれば考えるほど、何も言えなくなった。
どんなに本を読んでいても、語彙が増えても、君に伝わる言葉が見つけられない。
僕は、教室で友だちに夢を語る君しか知らない。キラキラと目を輝かせる君しか知らない。
不確実な言葉を使うのは、不誠実な気がして。
君に伝わらないのなら、きっと、どんな言葉もウソだ。
世の中はウソで出来ている。
確実なのは、今、自分の気持ちだけ。
僕の気持ちがそのまま君に伝わればいいのに。
たとえば僕が紙だったら。
君に、ぜんぶ伝えられたのに。
(1200字)
お読みいただき、ありがとうございました🙏
「秋ピリカグランプリ2024」に応募させていただきます。(テーマは「紙」です。)
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