人間の成長には二方向ある - 「成人発達理論」各種書籍
今回は、本Noteでもたびたび解説に利用してきた、「成人発達理論」について解説します。
これまでの私の学習や経験では、ビッグファイブやMBTIといった「パーソナリティ心理学」(自己・他者理解の切り口)と、成人発達理論やインテグラル理論などの「発達理論」(自己・世界を見つめるレンズ)の二つのフレームワークを用いることで、人の本質的な成長を支援することができると感じています。
パーソナリティ心理学は今や若者の間でブームとさえなっている一方、発達理論は日本ではまだまだマイナーです。一方で、私のこれまでの書評でも度々援用してきたように、本理論は人間の理解や成長支援に極めて有用なツールだと感じていますので、今回はその中でも比較的理解しやすい、「成人発達理論」のコアコンセプトの解説とともに、関連書籍の紹介をしていこうと思います。
① 成人発達理論とは?
成人発達理論とは、ハーバード大学教授であるロバート・キーガンらによって発展されてきた理論で、成人がいかにして精神的に成長し続けるかについて探るものです。従来、「発達理論」というと子ども向けのものが中心でしたが、本理論では、大人になっても人間の発達のプロセスは続く、という考えに基づいています。
成人発達理論では、個人が自身の世界観や価値観を超え、より複雑な他者との関係性や社会的文脈を含む考え方へと進化していくことが示されています。この理論は、特にリーダーシップや自己成長、社会や集団の理解を深める上で重要とされています。
成人発達理論の魅力は、単なる「成長」という言葉を深く掘り下げ、自己の内面を見つめ直す機会を提供するところにあります。近年のビジネス界で言われる「成長」は「スキル」的なものを指すことが多く、「出世」や「年収を上げる」といった文脈で語られることが多いと感じます。一方、この発達理論では、「内面的な成長」を指し、自己を再構築し、自分の価値観を新たに形成し続けるプロセスでもあるという点が特徴です。
キーガンは、成人が他者との関係を超えて、自己を含むより広範な視点で考えられるようになることを強調しました。これにより、個人は自分と他者の違いを理解し、それを包括的に受け入れる能力を育んでいきます。成人発達理論は、米国ではリーダーシップ開発や個人の成長プログラムで広く活用されていますし、私自身、20代以降の成長はまさにこの「発達」という認知のパラダイムの拡大とともに実現してきた経験からも、本理論の有用性を感じています。
② そもそも「成長」 「発達」とは何か?
「成長」(あるいは「発達」)という言葉はよく聞きますが、それは何を指すのでしょうか?
キーガンら発達理論学者は成長を「水平的成長」と「垂直的成長」という2つの軸で説明します。
水平的成長とは、知識やスキルの獲得といった「幅を広げる」成長であり、たとえば仕事の技術が上達したり、特定の知識を深めたりすることが該当します。また、リーダーシップの発展においても、「問題解決力」や「コーチング」(というスキル)などの、ある種のソフトウェア、あるいは行動面での能力(Doing)と言えるものでしょう。
一方で、垂直的成長は、自分自身の価値観や思考の枠組み(認知)そのものを「質的に変容させる」成長を指します。これは、これまでの自分の考え方や行動パターンがより大きな枠組みの中に含まれ、統合されるプロセスを指し、ソフトウェアに対してOS、あるいは人間としての精神的な深み(Being)が増す過程と言えるでしょう。
これだけだとなかなかイメージが湧きにくいかもしれませんが、日本語には古来から、「(あの人は)器が大きい」、「一皮むけた」といった表現がありますが、こういったものが、垂直的成長のわかりやすい表現だと思います。
こうした垂直的成長によって、その人は世界を一段広い/高い観点から観察することができるようになり、より複雑な課題に対処したり、異なる/新たな視点を取り入れることができるようになります。
このように、人間が「成長」するということは、「水平的成長」と「垂直的成長」を繰り返しながら、スパイラルを上がっていくようなイメージに捉えることができます。
③ 成人発達理論における「発達段階」
成人発達理論では、成人の発達状況を「発達段階」として分けていきます。
キーガンの成人発達理論では5段階に、「ティール組織」のもととなった思想であるインテグラル理論では10段階に分類しています。興味深いのは、これら2つの理論、そしてその他の発達理論(クック・グロイターなど)を横に並べ比較すると、どれも基本的に同じ構造で発達理論が整理されるのです(段階数の違いは、ある理論における1段階をある理論では2段階に分けていたり、超上位の概念を追加していたりする点にあります)。
それらの理論に共通する構造というのが、「自分中心」と「社会中心」の揺り戻し構造であり、また一部の理論で1人称⇒ … ⇒5人称、というように、自分や世界を見る視点の数の増加とも言えるものです。
具体的には以下の表を見ていただければと思いますが、成長の初期段階(利己的段階)では、個人は主に自分自身の利益や価値観に重きを置く、自分中心のステージにいます。そこから、他者や社会の期待を理解し、調和を重視する社会中心のステージ(他者依存段階)に移行します。さらに成長すると、再び自分自身の内なる価値観に焦点を当てながら、社会や他者をも統合的に考えることができる新しいステージ(自己主導段階)に到達します。こうした揺り戻しの構造を繰り返すことによって、個人の成熟度が深まっていき、社会との新たな関係性を築いていくことができます。
実際、幼少期は自分の欲求を満たすことが最優先であり、自分が世界の中心にいるかのような感覚を持つことがあります。しかし、成長とともに、家族や学校・職場、コミュニティといった社会的な役割を担うようになり、他者との協力や社会の中での調和が重要となってきます。こうしたプロセスを繰り返しながら、最終的には、個人は社会的な期待と自己の価値観のバランスを見つけ出し、自分自身を含む他者全体の幸福を目指すようになります。このプロセスこそが、成人発達理論が描く「揺り戻しの構造」であり、人間の深い成熟と進化を示しています。
なお、深い注意が必要なのは、「発達段階が高次であることは良いこととは限らない」という点です。後に触れる「含んで超える」という性質もあり、人間は「高いほうが良い」という競争的観念になりがちですが、発達理論学者である鈴木規夫氏が著書で「(発達段階の向上は)それまでに経験することのできなかったより質的に高い光と深い闇を経験できるようになる」と言っているように、発達段階があがることはそれに伴うリスクも生まれるということです。(実際、私は相互認識段階に移行する過程で強い実存的虚無に襲われましたし、自分のものの見方を話すと、「変わってますね」か「尖ってますね」と言われることが多いです)
私の理解としては、発達段階は「人間が環境に適切に対応するためのレンズ」であり、環境と自己の両面から最適化をすることでより生きやすいものだと考えています。いたずらに発達段階を高める必要はありません。
④ 発達段階を上がる
こうした発達段階の向上は、価値観の確立・安定 ⇒ 不適応経験 ⇒ 価値観の動揺 ⇒ 価値観の再形成、というプロセスを通じて進行します。
最初の状態では、当該発達段階における視点での価値観を有し、その価値観に基づいて多くの経験を重ねます。例えば、他者依存段階(慣習的段階)では、その人が所属する社会・コミュニティの価値観が、そのままその人の価値観として適用される場面が多くなります。
しかし、人生の中で新しい環境に置かれたり、新たな視点や対立する価値観に出会うことにより、それまでの自分の価値観に動揺が生じます。例えば現代では多くの人が30代にかけて、「転職(異なるコミュニティへの移動)」、「出世(社会的立場の上昇)」や、「結婚・出産(近しい客体の増加)」などのライフイベントに遭遇しますが、こうした環境変化に出会うと、その人の従来の価値観では対応しきれない状況が発生することがあります。
この動揺を受けると、その人がそれまで安住していた価値観では環境に対応できなくなり、それを超える新たな価値観を形成しようとします。このプロセスでは、価値観の「解体と再構築」が伴うため、決して心地よいものではなく、混乱や苦しみ、時には抑うつなどを伴うこともあります。しかし、そこで過去の価値観に固執するのではなく、それを受け入れつつ新たな価値観を構築することで、個人は一段高い視野を獲得した一つ上の発達段階にあがることができます。
ちなみに、この「新たな段階」、「新たな価値観」ですが、発達理論において「含んで超える」という言葉で表されることがあるように、古い価値観も取ろうと思えばとることができるのです。つまり、まったく新たな自分になる訳ではなく、これまでの価値観や判断基準を使うことはできるが、その場に応じてより適した価値観を適用できるようになる、というイメージが近いかもしれません。
(また、ストレスがかかる状況など、場面によっては低い発達段階での価値観が引き続き出てきてしまうこともあります)
このように、成人発達理論では、このプロセスを通じて人間がより高次の意識状態へと成長していくとされています。成長の途中で生じる「価値観の動揺」や「再形成」は、あたかも次のステージに進むための通過儀礼のようなものであり、これを乗り越えることで、自己の枠組みを拡大していくことが可能となります。最終的には、自己と他者、個人と社会、内的世界と外的世界のすべてを統合した成熟した視点を持つことが目指されます。
(なお、自身の経験からすると、相互発達段階では本当に世界平和をめざしたいという気持ちが生まれたり、ふと時空を超えた目線で物事を見たり、すべてが虚構である、といった視点になったりします)
⑤ 発達プロセスの狭間ではどうするべきか
最後に、私自身の経験を交えながら、発達段階が上がる際にどのような要素が揃うと移行を促しやすいかをご紹介してみようと思います。
a. 経験 - これまでの価値観・自分では対応できない状況に直面する
例)
・自分と気の合わない(価値観の異なる相手)との協働
・特定コミュニティにおける社会不適応
(海外留学、集団内で「浮く」経験など)
・社会的なショッキングな出来事
(災害、自身や身近な人の病や死、社会的な分断など)
b. 内省行動 - 自己、自己の精神構造(認知や感情)をメタ認知(客体化)し再評価する
例)
・日記
・感情の言語化とその受容(アンガーマネジメントなど)
・瞑想
・人との対話/相談(コーチングやカウンセリングなど含む。最近はChatGPTともできます)
c. 学習 - 認知の切り口となる知と触れあう
例)
・読書、リサーチ
・リスキリング(研修、社会人大学院などの講座)
ちなみに私の場合、それぞれの発達段階の変化(のきっかけ)を象徴する書籍があります。
以下の本、しかもその中の「特定の一つの文」により、自分の身体に電流が走るような経験を何度かしました。(自分の無意識にある認知構造のパスが決定的に再形成されたような感覚)
<他者依存 ⇒ 自己主導段階>
・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
「われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより、世の中を少しなりともよくして往こうではないか」(ハーシェルの言葉)
<自己主導段階 ⇒ 相互発達段階>
・ チャディー・メン・タン「サーチ・インサイド・ユアセルフ」
「自分と他人は違う生き物」
・ トマ・ピケティ「21世紀の資本」
「約300年にわたって、r > g という構造が続いている」(というグラフ)
これらの 「経験」 (これは現在の発達段階の危機 = きっかけとして起きることが多いです)、「内省・メタ認知」、「(その補助線としての)学習」 といった要素をうまく取り入れることによって、発達段階を上げて新たな価値観を形成することの助けになるかと思います。
なお、特定の発達段階からの移行は、通常5~10年スパンで徐々に起こっていくものですので、決して焦らず、自分の変化や自分自身への気づきを日々経験しつつも、落ち着いて過ごされる(無理をしない)ことをお勧めします。
(私の場合、自己主導段階から相互発達段階への移行は、最初の不適応の経験から10年近くかかりました)
まとめ
成人発達理論は、成人が自己の価値観や思考の枠組みを進化させ続けることを説明する理論です。単なる「スキルの成長」(=水平的成長)に留まらず、「本質的な人間としての成長」(=垂直的成長)を紐解いていきます。
発達とは、外的な環境変化と自分の内面を見つめ直すことを繰り返しながら、自分の認知構造や心の願いに気づいていくプロセスとも言えるでしょう。
本理論を補助線として、今の自分のパラダイム(思い込み、価値観)を理解することで、次の段階に進むための道筋が見え、そこに意識的な努力を加えることで、自身の人生に新たな視点と成熟をもたらしてくれるでしょう。
最終的には、他者との関係や社会全体とのつながりを統合した成熟した視点を持つことが目指され、その視点こそが私たちの人生に深い充実感と幸福感をもたらすといえるでしょう。
成人発達理論は、そのプロセスにおける道標であり、日々の生活や仕事、そして人間関係において新たな可能性を見出すための強力なツールとなります。自分自身を成長させ、より大きな視点で世界を見つめ直すために、ぜひこの理論を活用してみてください。
おすすめ関連書籍
最後に、「成人発達理論」に関連するおすすめ書籍をご紹介していきます。
(改めて見ると、私は随分と本理論に関連する本をたくさん読んだものだと思いました。。。)
<カジュアル編> … 最初の一冊や、自身の苦悩への対処の際に
リーダーシップに出会う瞬間 成人発達理論による自己成長のプロセス
管理職への登用を推薦された女性社員が、「本当に管理職になるべきか?」「リーダーシップとは?」といった疑問を抱きながら成長していくストーリー仕立てで説明されています。これからリーダーになろうとしている、なるか悩んでいる方におすすめの一冊です。
組織も人も変わることができる! なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学
本書は、部下のマネジメントで悩む課長職の男性を主人公に、色々なタイプの部下とのコミュニケーションや育成プロセスを通じて成長していくストーリー仕立てで説明されています。既にリーダーになりつつも、さらにステップアップしたい方におすすめです。
<ガチ勢編> … 人事部や成長支援に携わる方、理論好きな方向け
成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法
本日紹介したロバート・キーガンらの「成人発達理論」や、カート・フィッシャーの「ダイナミック・スキル理論」などを中心に、人の成長に関する理論をわかりやすく説明しています。
なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践
本書は、英文では「Immunity to change」として発行されており、「人が何かの行動をする際の(無意識による)本当の理由づけ」(=自己のシャドウ、無意識のトラウマやエゴなど)を外在化してメタ認知する方法論が書かれています。また、そのプロセスを個人だけでなく組織(会社)にも当てはめるアプローチとなっており、自己変革中の方や組織文化の変革に携わる方におすすめの一冊です。
「人の器」を測るとはどういうことか 成人発達理論における実践的測定手法
本書は、「発達段階の測定」をする方のための手引書です。
対人支援者向けに、その心構えや具体的な評価のための方法論を詳細に解説しています。(私は積読中です。。。)
人が成長するとは、どういうことか ーー発達志向型能力開発のためのインテグラル・アプローチ
本書は、本日紹介した「成人発達理論」でなく、ケン・ウィルバーの「インテグラル理論」をベースに能力開発について説明しています。各発達段階ごとの詳細な説明や発達テーマなどが書かれていますので、インテグラル理論の観点で深く勉強されたい方にお勧めの一冊です。
なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる
本書は、「組織開発」にフォーカスし、どうしたら働く人の「心理的安全性」を確保し、働く人の成長・発達を支援できるか、という角度で書かれています。社内の全MTGを録画で全社員が見れるようにしているブリッジ・ウォーターの事例など、大変面白い組織の仕組みが紹介されています。
人事部の方や組織開発を支援する方に特におすすめの一冊です。
おしまい。
本noteは全記事無料で提供しております。
私の気づきが、少しでも皆さんの幸福に繋がれば幸いです。
これまでのキャリア経験(大企業・戦略コンサル・スタートアップ)を通じた示唆や、性格理論・成人発達理論・自己実現・自己超越などの知見をもとに、キャリア・ライフコーチングを行っています。
人生・人間関係・キャリア・成長・成熟など、お悩みの際はいつでもご相談ください!ご相談はこちらから。
https://note.com/wellbeinglibrary/n/na756d1a160db
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