「彼氏じゃなかった彼」に懺悔したい、という話。(2)
第一話はこちら。
タカさんとの初めてのデート、初めてのお泊まりの後、私は罪悪感に押しつぶされていた。
思春期以降、隙あらば噴出してくる「私にそんな資格はない」症候群。もう付き合いは長かったが、この期間は特に強烈で、長かった。私は一週間ほど、エレベーターの壁にがんがん頭をぶつけたり、飲めもしない酒を無理やり飲んで夜中に吐いたりしながら、罪悪感を薄めようと頑張ったが、余計に自己嫌悪のループにハマる悪循環に陥っていた。
普段の漠然とした罪悪感とは異なり、今回の罪悪感にはれっきとした根拠があったからだ。
そもそも私はタカさんに対して、「誠実に恋愛をしよう」という意識が希薄だった。『推し』なのは間違いなかったのだが、まさかタカさんの方が真面目に私を見てくれる可能性があるとは、全く、夢にも、1ミリも考えていなかったため、恋愛という観点で我が身を振り返ると、めちゃくちゃ不誠実な状態だったのである。
具体的には、飲みに行く前のやり取りの中で「彼氏はいないの?」と聞かれて「いません」と答えてしまっていたのだが、実際には大学時代から付き合ったり別れたりを繰り返していた恋人のナオがいた。ナオの実家が関西だからという理由で母に結婚を反対されており、それをどうにも説得できないまま疲れ切って(反対されたからには諦めなければいけない、と思い込んでいた)、「やっぱり別れるしかない」という所に頭の中では行きついていたが、それでもタカさんと飲みに行った日の時点では、まだ別れ話をしていない状態=交際中、だったのだ。
言い訳するならその嘘は、「本社ビルを見てみたい」という理由で超一流企業の採用面接を受け、「他に受けている企業はありませんか?」と問われてうっかり「ありません!」と即答してしまうような、そんな感じの嘘だった。騙すとか二股をかけるとか、そこまでの考えがあったわけでは断じてない。「そんな私ごときの些末な事情を、やんごとなき貴方が気にされる必要は一切ありません!」と、心境的にはそういう勢いだったのである。だが、私の主観はともかくとして、その嘘はどう見ても間違いなく嘘であり、言い訳しようもない「罪」だった。
さらに当時の私は、前述のナオとの結婚を諦めたヤケクソから、「婚活」と称して、手近な異性と2,3回食事やホテルに行っては、ネガティブな要素を見つけ次第切り捨てる、というのを繰り返していた。これが本当に婚活なら許される行動かもしれないが、彼らはいずれも婚活アプリなど利用していない、純粋な「元々知り合い」の人たちだ。私の所属コミュニティの狭さや、切られた相手の心情を思えば、目も当てられない所業である。
今にして思えば、当時の私は「ナオに別れ話をする」という、やりたくない宿題から全力で目を背けつつ、異性にモテることで自己肯定感を回復し、バッサバッサと切り捨てることで、ナオと別れようとしている自分の正当化を図っていたのだろう。だが、理由はどうあれ、かなり自己中かつメンヘラビッチな挙動であることに間違いなかった。
そんなわけで、その時の私は逆立ちしても「タカさんに相応しい私」を捻りだすことなど出来なかった。
「私にそんな資格はない」症候群に、はっきりと根拠がついたら最後、執行猶予なし有罪判決は確定である。頭の中の裁判官は「死んで詫びよ」としか言わないし、弁護人も腕組みしてうんうん頷くばかり。情状酌量の余地などないと、私の脳内裁判所では満場一致で決定していた。
ならばせめて今すぐナオとの関係を清算し、今後の「婚活」を止めて、その上でタカさんとの関係に向き合い、ダメだったらダメできちんと失恋すればいい――今の私が当時の私に説教できるなら、そう言うだろう。だが一人でそれを思いつけるぐらいなら、そんなメンヘラビッチにはそもそもならないものである。
何一つ前向きな行動を起こせないまま日々だけが過ぎ、罪悪感の泥沼で溺れ死にそうになった頃。
タカさんから、二度目の飲みのお誘いがあった。
――会える。
連絡をもらった瞬間に自己嫌悪は吹き飛んで、「会いたい」しか考えられなくなった。私は分かりやすく舞い上がっていた。
罪悪感が消えてなくなったわけではない。現実は何一つ変わっていないし、「タカさんに相応しい自分」でないことは確かだ。でも、「タカさんが私にまた会いたいと言ってくれている」というのは、最強の免罪符だった。
どんなに私が無能で無価値で不誠実で、地球の酸素を消費する資格もないメンヘラビッチであっても、「タカさんの要望を叶える」ことは、悪ではない。むしろ大正義である。
これ以上ないほどの言い訳を手に入れた私は、とにかくまた会いたい一心で、タカさんのお誘いを承諾した。どん底モードから一気に大気圏ギリギリまでテンションが上がっていて、それから当日まで浮かれるあまり、仕事のミスを連発した。
「推し」心の延長線上ではあったが、私は間違いなく「恋」をしていたのだ。