シェア
ポエマー・グロ
2015年4月26日 18:16
<小説 二人が暮らすための方法について>あらすじ: とある地方都市に住むフリーライター安田篤人とその家族をめぐる変容は立て続けに起こった。最初は妻について、次いで息子について。この家庭に児童相談所の虐待対応班のベテラン職員佐伯は深く関わることになる。そしてこの2人に共に関わる里親の存在が事態を動かす。 概要: 非血縁関係の大人と子どもの生活をつなぐ「里親制度」とそれにまつわる関係者
2015年4月26日 18:29
<序章 2人で暮らす家> 地方都市の中古の2LDKのマンション。自宅としてこの間取りを求めるなら、世帯構成が夫婦と保育園児で計3人というのは無難な線だといえる。 安田篤人(あつと)が世帯主として住所を置く204号室の住人は、数ヶ月前に確かに1人減となった。それは彼自身も認識している。しかし、さらに1人減となっていたという知らせは何の前触れもなくもたらされた。 目覚めたとき、篤人は自分がいつ
2015年4月27日 21:31
<第1章 保護する大人、保護される子ども> 安田家をめぐっての児童相談所における急展開の始まり、それは篤人が佐伯と初めて言葉を交わした18時から8時間ほど前に遡る。事の起こりはその日の10時ごろ、豊の通う保育園の園長による切迫した口調の報告だった。「年長クラスの安田豊くんという子の後頭部に大きな線状のあざがあります、これは身体的虐待とみるべきでしょうか?」 電話を受けたのは東部児童相談所虐
2015年4月28日 21:54
「一時保護には微妙なケースですかねぇ」 保育園に向かう車の中で三島がつぶやいた。これから集める情報で危険度・緊急度が高いと判断されれば、児童を一時的に家庭から離し、児童相談所が保護する事態になることを懸念しているような口調だ。その言葉の裏に秘められた思いを汲み取りつつ、佐伯が答える。「ケガの状態と家庭状況によりけりってところね、でも、最近の所長は安全策を取る方針だからその心積もりはしておいたほ
2015年4月29日 22:21
相談所を出て30分後、保育園に到着した。指定された裏手の職員駐車場の隅に車を入れ、主任の案内で園児の声でにぎやかな廊下を抜けて職員室へ通された。入り口の引き戸を占めると喧騒がすっと遠のき、緊張した女性園長の表情に似合いの雰囲気が部屋を包んだ。園長及び主任との名詞交換に続き、簡単な自己紹介の後早速確認作業に入る。「これなんです」 ベテランの風格漂う園長によって応接セットのテーブルの上に示され
2015年4月30日 20:55
<第2章 来れたので来た> 佐伯と篤人のやりとりはスピーカーフォン機能を利用して行っていたため、周囲にいた虐待対応班の面々にも伝わっており、「行けたら行く」と言って切れた篤人からの電話に、度合いの差はあれど誰もが言葉を失った。「なんですか、『行けたら行く』ってのは、この世で一番あてにならない言葉ですよ」 その呆然とした空気に耐え切れず、一番に口を開いたのは佐伯だった。「そんなに悪く決め付
2015年5月1日 22:43
「すぐには無理です、今日行けたら行きますよ」 そう答えて電話を切った後、篤人がソファに横たえていた体を起こすまで15分ほどを要した。 頭が働かない、これからやらなければならないことは何かと思考を巡らすが、もやがかかったようにビジョンや言葉が出てこない。閉ざされた記憶の扉を開くようにマウスを握り、パソコンのスケジュール管理ソフトを立ち上げる。 18時の予定にあった豊の迎えはなくなった。そうなれ
2015年5月2日 14:15
ここまでのやりとりはいわば双方のペース合わせ、大きなゆさぶりも反発も発生しない、しかしここからが肝だとばかりに佐伯は質問のギアを変える。「豊くんの後頭部にあるあざについて、ご存知ですか?」 篤人の目にわずかながら意思が宿ったように見えた。視線が佐伯をとらえる。「そんなものがあるんですか?」 ためらう様子もなく逆に質問をする。わずかながらに篤人の感情に揺らぎが生じているように見える。それが
2015年5月3日 21:20
<第3章 こわばる体と状況> 児童相談所での面談を終え、どこにも立ち寄らず篤人は帰宅した。駐車場からエレベーターを使い、何も考えずにたどり着ける204号室。最近の風潮に漏れず、表札はどの部屋の前にもついていない。部屋番号によってのみ識別される自分の家。 昨日までは豊の声が響いていたこの部屋にいるのは自分一人。妻であった真理子がいなくなり、そして豊までいなくなった。無理もないか、と口から諦め
2015年5月4日 22:31
次の面談日、児童相談所の相談室に前回と同じ顔ぶれが揃った。豊は一時保護所では落ち着いて生活できており、身の回りのことをしっかりできることや、同年代の子との遊びの場面でも相手のことを思いやる様子があるといったことなどが佐伯から伝えられた。 篤人の片付けに関してはほとんど何も進んでいなかったが、少しずつできる範囲でやっていると水増しして説明した。無理をしては意味がないので少しずつでいいと思いますと
2015年5月5日 15:02
<第4章 転がり落ちたもの>「…………さん、安田さん! 大丈夫ですか!」 佐伯と篤人のいる相談室から大声がもれている。ほんの10分前に面談は始まったばかりのはずだ。受付で別の相談者の到着を待っていた河原は咄嗟に走り出し、一気にドアを開けた。 「どうした?!」 篤人がソファからずり落ち、テーブルとの間に倒れこんでいる。 その横にかがみこんで声をかけていた佐伯が緊迫したトーンで叫び返す。
2015年5月6日 19:08
見慣れない窓の向こうは暗い。 児童相談所で話をしているうちに頭痛が強くなり、冷や汗が出てちょっと横になりたいと思っているうちに頭がぼうっとする感じがしたところまではなんとなく覚えている。その後はいろいろな声がして、何かに乗せられて……。ぼんやりしたままあれこれと何かをされたような覚えがあった。今はカーテンに囲まれた見慣れぬベッドの上に横たわっている。 先ほどまで看護士と一緒にベッドの脇にい
2015年5月7日 22:03
<第5章 風はどこから> 篤人が入院した翌週の月曜、児童相談所に一人の女性が訪れた。渡辺孝子という名前を聞いてすぐに顔が浮かんだため、佐伯は昨日電話をかけた平田と共にロビーへ向かった。「ご無沙汰してます渡辺さん、なかなか里親会の行事にもお伺いできませんで」「そんな、お忙しいことはあちこちで耳にしていますので、お気になさらずに」 頭を下げる佐伯を制するように「いえいえ」といった感じで手を振
2015年5月9日 17:39
(もうどうでもいい、俺には何もできない、してやれない……) 本日予定の検査を終えて横になったまま、堂々巡りになっていた篤人の絶望的な思考は来客によって一時中断された。 カーテン越しだが、会話の内容で児童相談所の佐伯がベッドの横にいた看護士に声をかけているのがわかった。「あの、患者さんの個人情報はちょっと……」 佐伯が篤人の病状などを尋ねているのだろう、看護士が篤人に目線を送ったので、「いい