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来歴のわからない本。

私の手元には、来歴のわからない本がいくつかある。
どうやってその本を知ったのか。
どこで買ったのか。
買おうと思った動機はなんなのか。
自分のコトなのだが、さっぱりわからない。
「おい、君はどうしてここに来たんだい?」
なんて尋ねてみるけれど、もちろん本はだんまりをきめこんでいる。

今、読んでいるのも、いつのまにかうちの子になっていた一冊。
『映像のポエジア 刻印された時間』
(アンドレイ・タルコフスキー著 鴻 英良訳 ちくま学芸文庫)

著者は、ソビエト・ロシアのとても有名な映画監督らしい。
(ごめんなさい、私、全く知りませんでした)

本の袖に代表作がいくつか羅列してあったけれども、すべて未知だ。
『惑星ソラリス』『鏡』『サクリファイス』・・・。
(いやあ、すみません、やっぱりわからないです)

映画に詳しいわけでも、著者のファンでもないのに、私は一体なぜこの本を買って、本棚に並べていたんだろう・・・。

たぶん、ジャケ買いしたのだろう。
荒野の中に、枯れた木が一本。遠くに小屋。
画面の中央右よりに、少年がひとり。水の入ったバケツだろうか、重そうに引きずって歩いている。
その写真が、なにかを語りかけてくるのだ。
この場面の前後左右は全くわからないけど、胸にせまるものがある。
言葉にならない物語のようなもの。
強いて言うなら俳句に似ている。

そういえば、似たような映画を観たことがある。
ホセ・ルイス・ゲリン監督の『影の列車』だ。
実は、この文章を書くにあたって初めてそのタイトルを知った。
10年以上昔、たまたま地元のミニシネマでかかっていたのを観て以来、ずっと、その中のシーンを時々思い出してはウットリしている。
ストーリーらしいストーリーはない。
セリフもなし。
それどころか、人物が出てこない。
壁にかかった家族写真と、古いフィルムの中にちょこっと姿を見せるだけだ。その人たちが一体誰なのか、説明は一切ない。
ただ、そこにいる。それだけ。
行きずりの人と同じ。
映画は、脈略のない場面の連続で終わる。

私は、だからこの映画が好きだ。
物語の片りんもない、無垢な場面の集合体。
全てのシーンに意味はないようでいて、なにかがある。
それは、毎日同じ風景を観ているはずなのに、突然、山の美しさに打たれたり、空の青さに涙したり、風の匂いに胸がいっぱいになったりする、あの一瞬の感覚に似ている。
なんでもないのに、特別な瞬間。
私はそういう一瞬がたまらなく好きだ。
ただ、きれいだった。
それしか言いようのない一瞬のときめき。

『映像のポエジア 刻印された時間』の中で、タルコフスキーは、
映画とは「人間が直接的に時間を刻印する手段」だという。
一瞬の場面を切り取る俳句みたいなもの、とも。

彼の映画には必ずモチーフがあるのだという。
そのモチーフは、たとえば父から聞いた話のイメージだったり。
そこから浮かんだ大聖堂の映像だったり。鏡だったり。
本人以外の人が見たって、全く意味が解らない走り書きみたいなものだ。
それを繋ぎ合わせて、彼の映画は出来ている。

すべてのシーンは、人生と同じように偶然そこにあるだけで、意味はない。
そこに意味を発見するのは、作者(ここでは映画監督)の記憶や経験があってこそ。つまり、作者以外の人間にとって、そのシーンは何の意味も持たない。

タルコフスキーは、映画に特定の意味を「誘導」させるような仕掛けを持ち込みたくなかったとも語っている。

観る人が、みたいようにみて、感じたいように感じる。
そういう自由な映画。

この本を3章ほど読みすすめたとき、たまたま『サクリファイス』を観る機会を得た。
まさに、観たいようにみて、感じたいように感じる映画だった。
脈略のない映画。ストーリーもあるようでいて、ないような。
でも、ものすごく揺さぶられた。撃たれた。
なんでかはわからない。それでも、何かを感じた。強く。

共鳴、といったら大げさだけど、そうとしか言えないかもしれない。
わかる。なんかわからないけど、あなたのことがわかる。
そんな感覚。

水を抜いた露天風呂の、端から端へ、手にした蠟燭の灯を消さないで渡り切る。そんな無意味なチャレンジを必死でする主人公。
現実にいたら「やばい人がいます!」と、通報案件だろう。
でも、映画の中のそのシーンは、胸がバクバクいうほど「わかる」のだ。
すべてのシーンに、人生がある。
それは、誰かの経験で、記憶で、まばゆい光なんだ。
そんなふうに思える映画だった。

『映像のポエジア 刻印された時間』の表紙をみたとき、私はきっと同じことを感じたに違いない。
だから、買った。そして、本棚にきちんと収めた。

なんだ。ちゃんと書いてあったじゃないか。
わからないと思っていた、この本が私の手の中にある理由。
まさにその本の中に。










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