カタクリタマコ

図書館司書です。本を読んで思ったこと、考えたことなどを綴ったりしています。ベストセラーから遠く離れた場所で、誰かに読んでもらう日を待ちわびている。そんな片隅の本を紹介できればな、と思います。好きな作家は開高健とヘミングウェイ。みすず書房と新潮クレストのファンです。

カタクリタマコ

図書館司書です。本を読んで思ったこと、考えたことなどを綴ったりしています。ベストセラーから遠く離れた場所で、誰かに読んでもらう日を待ちわびている。そんな片隅の本を紹介できればな、と思います。好きな作家は開高健とヘミングウェイ。みすず書房と新潮クレストのファンです。

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最近の記事

私が本屋をひらくなら

いつか、本屋さんをひらくのが、小さいころからの夢だった。 noteをさまよっていたら、#本屋さん開店します という、とっても素敵な企画があったので、私も妄想で本屋さんを開店しようと思う。 私が本屋をひらくなら。 駅に続くアーケード街の、いちばん端の角っこがいい。 その店は、朝の7時半にシャッターを上げる。 3駅むこうは、県庁所在地。そこにはたくさん学校がある。 学生さんたちは、みな7時40分の電車に乗る。 本屋の店先に、店主である私がいればセーフ! 乗り遅れることはない。

    • お酒の味

      渋谷での路上呑みが禁止されたことに、私は少しガッカリしている。 死ぬまでにやりたいことリストに入れていたのだ、実は。 路上でお酒を呑む。 ただそれだけのために、はるばる海を越えて、多くの外国人が渋谷に押し寄せる。 いくら円安とはいえ、自国の酒場でビールをあおるのに比べたら、とんでもなく高くつくはずである。 それなのに、だ。 時間とお金と労力をかけてでも、体験してみたい!!! そう思わせるものが、路上呑みにはあるということだ。 世界中の人々を魅了して止まない路上呑み。 せ

      • 多読のススメ。

        たくさん本を読んでおいてよかったなあ、と思う。 私はとても忘れっぽい。 部屋のもよう替えをしたら、必ず、何をどこにしまったのか忘れてしまう。 ハンカチや靴下、秋物のシャツ、お気に入りのネックレス。 たいてい、欲しいと思う時には見つからない。 それなのに、読んだ本の内容だけはなぜか覚えている。 覚えている、というか、欲しい時にちゃんと思い出せるのだ。 それは、たいてい小説以外の本を読んでいる時にやってくる。 超文系な私だけど、知りたいことは山ほどあって、本屋さんや図書館

        • 本は書店を飛び出して。

          町の書店が消えつつある。 私の住む町も例外ではなく、書店に行くには隣町まで足を運ばなければならない。 先日、私の勤めている図書館に職場体験の中学生がやってきた。 図書館を選ぶ子たちなので、もちろん皆本が大好きだという。 書店のない町に住む彼らは、一体どのように読みたい本を選んでいるのか。 気になったので、「本はどうやって選んで買っているの?」と聞くと 「本屋さんで見て買います」とのこと。 てっきりAmazonで買っているのだとばかり思っていたので、この答えには驚いた。そして、

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        • 私のライフラインな記事
          4本

        記事

          サイヤ人じゃなくても、スーパーになれるんならなりたい。

          SUPER、と名の付くものには並々ならぬ憧れがある。 それはたぶん、小学生の頃に熱狂していた「ドラゴンボールZ」のせいだ。 登場人物それぞれのセリフはもちろん、必殺技、ポーズ、効果音、BGM、そのすべてに夢中になった。 家族総出でそんなかんじだったので、 「ズンズンズン、チャ、ずんずんずん・・・」とくれば、 「ちゃらら~チャチャチャララ~ちゃちゃちゃら~」と解く、みたいなやりとりで会話が成立するくらいだった。 (ちなみにこれは、先週のおさらいをナレーションしているときに流れる

          サイヤ人じゃなくても、スーパーになれるんならなりたい。

          旅をすること。本を読むこと。

          『グッド・フライト、グッド・シティ パイロットと巡る魅惑の都市』 (マーク・ヴァンホーナッカー 著 関根光宏 三浦生紗子 訳 早川書房)という本を読んでいて、ふと思った。 旅をすることと、本を読むことは、よく似ている。 『グッド・フライト、グッド・シティ』は、現役パイロットでもある著者が、フライトで立ち寄った都市を思い出と共に綴ったエッセイである。 そう書くと、旅行記のように思われるかもしれないが、ちょっと違う。 たしかにその趣もあるのだけれども、重きが置かれているのは

          旅をすること。本を読むこと。

          手の施しようがないくらい不幸な物語なのに、読後感が爽やかってのは一体なぜなんだって話。

          「他人の不幸は蜜の味」なんて言うけれど、その他人が全く知らない人だったとしたら、蜜の味なんてしないのではないだろうか。 どこかでその他人を知っていて、少なからず面白くない存在だと思っているからこそ、その人の不幸は蜜の味がするのだ。 因果応報。そう思いたいから。 もしその他人が、無辜の、善良な、毎日を一生懸命ひたむきに生きている真面目な男だったとしたら、どうだろう。 何一つ落ち度がないにも関わらず、彼の身には次から次へと不幸がのしかかってくるのだ。しかも、彼がどんなに努力をし

          手の施しようがないくらい不幸な物語なのに、読後感が爽やかってのは一体なぜなんだって話。

          スナップ写真のように。

          時々、子どものころの写真を見返してみる。 なにかの記念に撮った、かしこまった写真ではなく、「写ルンです」でいたずらに撮った、なんでもない日のスナップ写真。 庭にしゃがみこんで、土だかなんだかをこねくり回している3歳くらいの私。 畳に寝転がったまま、ガリガリ君を頬張っている7歳くらいの私。 祖母の家の台所から撮ったと思しき、木蓮の幹だけが映ってる写真。 どこかの山。 ただの青空。 りんごの包装紙だけが映ってるのもある。 そんな、日常のきれはしみたいな写真を前に、私は切り取ら

          スナップ写真のように。

          拝啓、ミア・カンキマキさま。

          ミアさま、ああ、ミア・カンキマキさま! あなたのお書きになった『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』が、どれだけ私の心を熱くしたかわかっていただけるかしらん? あなたと清少納言(あなたにならってセイと呼ばせてもらうわね)との、国境も時空も越えて結ばれた関係性。その絆に私はときめいてしまった。 ソウルメイト。 あなたとセイはまさにソウルメイトだわ。 好きな作家って、ソウルメイトなのよね。 心から大好きになると、もうどこに行っても、何をしていても、作家さんは私と常に一緒

          拝啓、ミア・カンキマキさま。

          かつて、アメリカ人だった私を。

          子どもの頃、私はアメリカ人になりたかった。 私の思うアメリカは、『スタンド・バイ・ミー』であり『グーニーズ』であり『イット』であった。 そこで描かれる50年代から80年代にかけての、片田舎。 ニューヨークやロサンゼルスみたいにギラギラしていないところ。 私はそこで赤い自転車に乗り、近所の子どもたちと一緒に街路樹の下を走り抜けるのだ。 道の両側の家々からは、コーヒーとパンケーキ、それからフライドチキンの匂いが漂ってくる。 ブラウン管のちかちかする光が、カーテンを通して揺らめく

          かつて、アメリカ人だった私を。

          たった一行に、億千万のひかり。

          先日、久しぶりに雑誌を買った。 たぶん、20年ぶりくらいだろう。 最後に買った雑誌は、ビジュアル系バンドの専門誌で、大好きな人が表紙を飾っていた。 今回買った「BRUTUS」1008号の表紙も、一瞥で心をかっさらわれた。 真っ白な余白だらけの中に、線画のスヌーピーとチャーリーブラウン。 そこに、言葉がぽつん。 うっわぁ。なんてすごい殺し文句なんだ。 文学ヲタクな私は一瞬で恋に落ちてしまった。 160人の、言葉にまつわるお仕事をしている人たち。 彼らが大切にしている言葉を

          たった一行に、億千万のひかり。

          垂れ流せる勇気。

          ものすごく好きな作家がいる。 嘉村礒多(かむらいそた)という。 明治から昭和にかけて活躍した私小説作家である。 といっても、作家生活はたったの6年。享年36歳。 生前はまったく注目されなかった非業の作家だ。 キャッチフレーズは「私小説の極北」。 彼の作品(32編の小説と、42篇の随想)は、すべて本当の事で出来ている。嘘偽りは一切なし。思ったこと、感じたこと、やったこと、やられたこと、全部、そのまんま書いている。 私生活の垂れ流しだ。 昔から読書狂だったので、人に乞われて本

          垂れ流せる勇気。

          来歴のわからない本。

          私の手元には、来歴のわからない本がいくつかある。 どうやってその本を知ったのか。 どこで買ったのか。 買おうと思った動機はなんなのか。 自分のコトなのだが、さっぱりわからない。 「おい、君はどうしてここに来たんだい?」 なんて尋ねてみるけれど、もちろん本はだんまりをきめこんでいる。 今、読んでいるのも、いつのまにかうちの子になっていた一冊。 『映像のポエジア 刻印された時間』 (アンドレイ・タルコフスキー著 鴻 英良訳 ちくま学芸文庫) 著者は、ソビエト・ロシアのとても有

          来歴のわからない本。

          回復するとは、自分を発見することなのかもしれない。

          なんて、静かな本なんだろう。 たぶん、騒がしいカフェの一角で読んでいたとしても、その本は周りのすべての音を吸い取ってしまうだろう。 闇、という文字が頭に浮かんだ。 あらゆる音を、閉じ込めてしまう門。 『回復する人間』(ハン・ガン 著 斎藤真理子 訳 白水社) は、そういう意味で闇の本だ。 しかし、その闇は黒ではない。 青だ。青の群れ。 光も音も届かない、群青色の海の底。 『回復する人間』には、7つの短篇が収められているのだが、そのいずれの主人公も傷を抱えている。 ガンの再発

          回復するとは、自分を発見することなのかもしれない。

          宝くじで高額当選したら、こういう本屋さんを開きます。絶対。

          学生時代、私は「ぼっち」であった。 教室のすみっこで、一人ぼーっと本を読んでいるのが何より好きだったのだ。 本音を言えば、誰かと話したくはあった。 「聞いて聞いて、昨日さ~志賀直哉の『暗夜行路』読んだんだけど、アレ、マジで最高だったんだけど!」とか 「私の夢はさ~谷崎潤一郎の『痴人の愛』の譲治になることなんだ~。ナオミじゃなくて、ジョージの方ね。隷属したいのよ~」とか 「川端康成の『伊豆の踊子』の書き出し、神じゃね? あーゆーの書けたら死んでもいい!!!」とか。 教室のま

          宝くじで高額当選したら、こういう本屋さんを開きます。絶対。

          作家と恋をするということは。

          古今東西、どんな人とでも恋愛関係になれるとするならば、私は絶対「開高健」がいい。 氏の書く文章の醸し出す得も言われぬ雰囲気と、ウィットに富んだ内容、ユーモアのセンス、すべてが好きだ。 しゃべり方も好きだ。唯一無二なハイトーンボイスも好きだ。 見た目も好きだ。 なによりも、氏の小説を初めて読んだときの、痺れるような感覚が忘れられない。言葉のひとつひとつが、雨粒のように私の中に浸み込んでいくようで。読み進めていくうちに、もう、彼は私の血液になった。 ああ、もう一生引きはがすこと

          作家と恋をするということは。