
ウィリアム・トレバー『ラスト・ストーリーズ』を読む
誰にも言えないことって、ある。
ひとつは、誰かに伝えるための言葉が見つからない場合。
もうひとつは、自分の胸の内だけにしまっておきたい場合。
『ラスト・ストーリーズ』は、このふたつが絶妙に混ざり合った短編集だ。
収録された10編中、大きな出来事はひとつも起こらない。
起こったとしても、主人公は「かやのそと」だ。
主人公たちの時間はいずれも止まっていて、外の世界が変化していくのをぼんやり眺めているかんじがする。
たとえば『ピアノ教師の生徒』。
主人公は自宅でピアノ教師をしている、50代の独身美女。やる気のない生徒ばかりで退屈していた彼女のもとに、「天才」だと思える少年がやってくる。彼女の心は華やぐが、少年には盗みグセがあった。
少年が来るたびに、家の中から物が消えていく。
けれど、彼女は何も言わない。
少年の演奏と、消えていく品々から浮かぶ過去に浸ってばかりいる。
『ミセス・クラスソープ』の主人公、クラスソープもそう。
金目当ての結婚が、夫の死によって終わった。これからもう一花咲かせようと試みるけれど、彼女の心は無意識に過去に縛られている。
新しい人間関係を築こうとするも、相手にされず、逃げられてしまう。
主人公たちは、みな孤独で、だから己の過去に閉じこもるしかない。
ようやく過去を話せそうな人に出会っても、彼らには相手に伝えるための言葉がないのだ。
私にも、似たような経験がある。
子どものころ、夕焼けを見て心を動かされた。
「あのね、今日ね、すごく空がきれいだよ」
母の手を握りしめながら、言った。
「そうね」
母は笑って空を見上げた。
私は、うつむいた。
ちがう、と思った。
私が本当に伝えたいのは、空がきれいだっていうことじゃない。空を見て、今、心の中にあるもの、心をざわつかせているもの、それについて言いたかったのだ。ねえ、今、私の心に起こっているこれは何なの??
なのに、幼い私は言葉をうまく伝えられなかった。
今でもあの日の夕焼けをよく覚えているのは、強いもどかしさのせいなんだと思う。なのに、それは嫌な記憶ではなく、むしろ自分にとって大切な原風景になっている。
『ラスト・ストーリーズ』の主人公たちが、私は好きだ。
それは、彼らの姿に幼いころの経験に似たもどかしさが見て取れるからかもしれない。
彼らが言えない(または、言わない)過去の奥に、美しい輝きがあるのがよくわかるからなのかもしれない。
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