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文楽の男伊達――竹本織太夫

1月、2月と歌舞伎座は高麗屋三代襲名披露。重責がかかったであろう十代目松本幸四郎、『熊谷陣屋』の熊谷がすくっと頼もしく。過去への感慨に耽る引っ込みは、むしろこれから続く未来をも思わせるものがあった。玉三郎・仁左衛門を向こうに回してのダブルキャストで海老蔵・菊之助も奮闘。猿之助、幸四郎に続き、いよいよ歌舞伎はこの世代の大きな襲名が続く。 同時期、文楽でもまさに彼らと同世代の太夫の襲名披露があった。初春公演で、豊竹咲甫太夫が、六代目竹本織太夫を襲名したのである。 国立劇場の第

    • きみがロックについて書きたいなら

      では、はじめましょう。 みなさん、小説は読みますか? 小説から学ぶべきは、空間描写です。 金原ひとみの『オートフィクション』という小説に、こんなシーンがありました。 狂乱のパーティです。テキーラタイムを勝ち抜いた女が、DJブースで叫びます。 「私は神だ!」 以前、似たようなシーンをどこかで見た気がします。キャメロン・クロウの映画『あの頃ペニーレインと』です。 人気バンドのフロントマンが、ドラッグパーティの最中、屋根の上で叫ぶのです。 「オレは輝ける神だ!」

      • 失われたものに息を吹き込む――映画『犬王』と能

        近江猿楽比叡座の犬王こと道阿弥について、現在知られていることはそれほど多くない。幽玄を旨とする優美な芸風が時の将軍・足利義満に好まれたこと、能を大成した大和猿楽の観阿弥・世阿弥親子と影響を与え合ったであろうこと、などは史実からうかがえる。 犬王亡きあと、近江猿楽は衰退し、大和猿楽に吸収された。犬王の芸そのものは、世阿弥によって能のエッセンスに組み込まれた、という言い方もできるだろう。 いずれにせよ、私たちがいま能を鑑賞するとすれば、一部の郷土芸能を除き、それは大和猿楽の流

        • プロレスブームを待ち受ける岐路

          2014年もまもなく終わる。大晦日に格闘技番組の地上波放送があったのはいつ頃までだったか。 「猪木祭2003」の狂騒が懐かしい。日テレでの放送時間終了後、百八つの除夜の鐘ならぬ闘魂ビンタ待ちの観客がリングに殺到。猪木を中心とした芋洗いのような映像が衝撃だった。 あの大晦日、他局ではTBSがK-1、フジテレビがPRIDEを放映。ホント菊地成孔氏の著書じゃないが、「あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた」時代があったのだ。 そしていま、プロレスブ

          切断線に差し込む未来――『思い出のマーニー』『宮崎駿論』『教室』

          かつて児童相談所の一時保護所で夜間指導員をしていたことがある。子どもたちと一緒に寝泊まりする歌のお兄さんみたいな仕事だ。 というと、ほのぼのした感じもあるが、もちろんそれだけではない。一時保護所は行政が介入したあらゆるケースの子どもたちを引き受ける。ケンカで相手に傷害を負わせてしまった子も、性風俗で働かされていた子も、カルト教団の施設で暮らしてた子も、酒鬼薔薇聖斗を真似て同級生の机に猫の頭部を置いた子も、出所後の行き先はどうあれ、みな同じ部屋で寝泊まりするのだ。 ちょっと

          切断線に差し込む未来――『思い出のマーニー』『宮崎駿論』『教室』

          「刀剣乱舞」とは何か

          「とうらぶ」こと刀剣乱舞の快進撃が止まらない。 始まりはパソコンのブラウザゲームだ。15年1月の配信開始以来、同ゲームが火付け役の一つとなり、全国各地に日本刀ブームが巻き起こった。「刀剣女子」なる言葉を生み、流行語大賞候補にもノミネート。刀剣乱舞のコラボ展示も企画された18年秋の京都国立博物館「京のかたな」展は、実に25万人超の入場者を集めたという。 並行して、2.5次元舞台やアニメなどのメディアミックス作品も話題に。昨年末のミュージカル『刀剣乱舞』キャストによる紅白出場

          「刀剣乱舞」とは何か

          ダウンタウン以降の自覚

          開場前から末広通りにかなり長い行列ができていた。深夜寄席ではまれに見る光景だが、普段よりも客層が若い。 若さはニオイにも現れていた。左右の桟敷席には靴を脱いで上がるのだが、投げ出された足やスニーカーが臭うのだ。不快かといえばそうでもなく、蒸れた熱気により、立ち見までぎっしりと埋まった新宿末廣亭がライブハウスのようにさえ感じられる。 会の名は「五派で深夜」。通常の深夜寄席と異なるのは、普段は寄席に出られない立川流と円楽一門の若手も出演するという点にある。 2015年、ゴー

          ダウンタウン以降の自覚

          いまごろ効いてきた「空中元彌チョップ」

          今年もDDTの両国国技館大会は、中井の伊野尾書店・店長率いる出版シンジケート――大手取次から各社版元、書店まで40名以上のご一行に混ぜてもらって観戦。このコネクションをフル活用したら、『KAMINOGE』とか新装刊『ゴング』とかガンガン売れちゃったりするんじゃないか? なんて妄想もするんですが、案外、職場ではみなさんプロレス者であることを秘している感じもあり。また、その含羞が心地よかったりもする。オールド・スクールなプロレス者のまとう空気。 プチ鹿島さんの新刊『教養としての

          いまごろ効いてきた「空中元彌チョップ」

          女性藝能者とオーセンティシティ

          先ほどまで浅草公会堂で立川談春「廓噺の会」を。文字どおり談春が廓にちなんだ噺をする会だが、助演を務めた弟子のこはると立川流同門の雲水が掛けたネタは廓噺ではなかった。 こはるは、『錦明竹』。道具七品の言い立てが心地よい。相変わらず少年のような風貌で、マクラでも「女性だと言うと驚かれる」と自虐的に語るが、そのさっぱりした口跡は男女という枠を越え、談春一番弟子としての風格を具えつつある。師匠談春も、こはるのマクラを受け、「もうちょっと知られた存在になってるかと思えば、そうでもない

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          私たちはなにを見ているのか ~柳家権太楼『心眼』をめぐって~

          見える。見えない。見えないからこそ、見える。見えるからこそ、見えない――。「見える」と「見えない」はいくどか裏返され、折り重ねられる。 按摩の梅喜は盲人である。彼の目は「見えない」。 ある日、そのことで弟に雑言を浴びせられて帰宅した梅喜を、女房のお竹が慰める。梅喜の視力恢復を願い、夫婦は薬師様に信心を積むことを誓う。 やがて満願叶ったか、たまたま通りがかった知り合い、上総屋の旦那の指摘で、梅喜は自分の目がいつのまにか「見える」ことに気づかされる。 喜ぶ梅喜の前を、奇っ

          私たちはなにを見ているのか ~柳家権太楼『心眼』をめぐって~

          J・マスシス先生のすべてをもってくギターソロ

          パナソニックの新型テレビが民放各局でCMを拒否られてるってニュースを見て、ヘーなんて思ってたら、たまたま同時期に買ったうちのテレビがまさにそれ! 人に言われるまで気づかなかった~。だってテレビとネット動画を同時に見られるっつっても、そんなおおげさなもんじゃないよ。画面の隅っこに小さいサムネイルが表示できて、アクセスが簡単にできるってだけ。 でも、このテレビのおかげで動画配信サービス「Hulu」も大画面で見られるようになったのね。うれしくってきっそく「サタデー・ナイト・ライブ

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          このコントは笑えるのか

          『鎌倉殿の13人』滑り出しから最高ですね。子供たちの寝かしつけと重なるためリアタイできないのがつらいところ。第一回の北条館でのコントぶりがあまりにも素晴らしかったので、思わず10年ほど前に書いた三谷幸喜最高のシチュエーションコメディへの言及を含む原稿(のちに拙著『メモリースティック』にも収録)をこちらに掲載します。 今年の「キングオブコント2013」に期待したお笑いファンは少なくなかったと思う。自他ともに認めるコント巧者が揃っただけでなく、それがバナナマン、東京03以降の新

          このコントは笑えるのか

          ウンゲツィーファと劇場の火花

          今年の岸田國士戯曲賞は神里雄大と福原充則に。かつて神里の『隣人ジミーの不在』という作品で台本協力をした際、私は彼に本気でこの賞を獲ってほしいと願ったが、力及ばなかった。あれから6年、神里は長い旅の途中で自然とそこに辿り着いた。感慨深い。 岸田賞授賞式と同日、真裏で佐藤佐吉演劇祭の授賞式も行われていた。北区に貢献した名士の名を冠するこの演劇祭、今年は約30の演目が上演され、11もの賞が授与された。私は4演目を観ただけだが、王子スタジオで上演されたウンゲツィーファの『転職生』と

          ウンゲツィーファと劇場の火花

          エンドレスエイト、10年越しの出口

          夏の終わりの8月31日、まだうだるように暑い日だった。盛夏火という劇団の『夏アニメーション』という作品を見にいく。 何年かぶりの駅で降り、長い商店街を抜けた先に古びた団地が現れた。その一室――主宰・金内健樹の自宅だという――が会場だった。客は10人ほどで満席。ベランダの窓ごしに快晴の空。 オープニングが始まる。キョンキョンと呼ばれる女の子の部屋に友人たちが詰めかけ、皆で市民プールへ。スクリーンにタイトルバック。Cut Copyの「Unforgettable Season」

          エンドレスエイト、10年越しの出口

          リングをとりまく叙事詩と抒情詩

          昨晩、ユーロライブで実況アナウンサー・清野茂樹と講談師・神田伯山による実況芸セッションを鑑賞。 二人の即興による「出世の春駒」実況も伯山による「吉岡治太夫」も素晴らしかったが、なにより清野が実況アナの実存を賭けた「古舘を愛で殺す男」という一席に心打たれた。実況アナを目指す清野の歩みと、1988年に古舘が実況した猪木vs藤波戦が折り重なるように構成されていた。 かつて私も拙著『メモリースティック』でこの古舘の実況について書いたことがある。 闘う者、それを実況する者、だけではない

          リングをとりまく叙事詩と抒情詩

          ライターは原稿料をどう設定するべきか

          THE WHOに「Substitute」(直訳すると「代用品」)って名曲があるけど、さしずめそんな感じでしょうかね。坂口恭平の代役を言づかりました。 そういや、その名も〈WHO〉というバーが新宿にあって、むかし坂口と並んで飲んでいたらこの曲がかかった。キース・ムーンのドラムがトタン屋根にあたる雨粒の音みたいでかっこよかった。邦題がまた最高なんだ。「恋のピンチヒッター」っていう。 坂口とは2009年に出会って、それからずいぶんいろんなことを一緒にやってきたけど、実は2002

          ライターは原稿料をどう設定するべきか